のどかなニブルヘイムのお昼どき、企業秘密を暴こうとする侵入者なんて全く現れず、この地に赴任してから、ヴィンセントは比較的暇な日々を過ごしていた。
当地は北方に位置しているので春は遅く、冬の訪れはミッドガルよりもかなり早いが、その厳しい気候がよりいっそう山の紅葉を魅力的で美しくしている。
一通りガスト博士も納得する実験技術を身につけたヴィンセントは、研究者たちの物珍しい種類の人間を見る対象からも外れてしまい、一人前の(?)人間として自立したと認めてもらえたようで、今日は気兼ねなく散歩をしていた。
研究施設として使用している屋敷から離れて、ニブル山のふもとの辺りにある広葉樹が茂った丘を登っていると、ルクレツィアが黄色いイチョウをバックに立っているのが見えてきた。
「お疲れさま護衛さん、一緒にお昼はどうですか?」
「待ち伏せ・・・か?」
丘の頂上にいる彼女に向かって、歩みを進める。
「そうともいうわね。」
彼が断らないのを確信しているのか、さっさと眺めのいい場所に座り込むルクレツィア。
バスケットを開けて食べ物を取り出していた。
「また怪しいものの実験台になるのはごめんだぞ。」
彼女の隣に追いついて、バスケットの中を覗き込んだ。
「そんないつも変なものを食べさせているようなこと言うと、今日のラムはあげませんよ。」
全く最近の若い人は贅沢なんだから、と言いながら
「はい、」
とラップに包まれたバゲットを渡された。
「せっかくのラムなら焼き肉の方が・・・」
目の前のバゲットサンドを受け取りながら言い淀むするヴィンセントに、
「こんなところでジンギスカンをしたら、カラスと取り合いになるわよ。」
と、ルクレツィアが力強く言う。
「そんなにカラスいるのか?」
ヴィンセントがニブル山の方を遥か見渡すと、稜線がくっきりと青空に映えていて、その中に生き物が飛んでいる様子は見えなかった。
「ヴィンセントに気付かれるようだと、野生動物も生存は難しいわね。」
相変わらずの彼女の手厳しい言葉にノーコメントで一口バゲットをかじる。
彼女が作ったんだろうと思うと、嬉しくてガッツきたいのを押さえるヴィンセントだった。
「宝条博士はこれ食べたのか?」
「一番いい所を持って行かれましたよ。」
彼の質問ににっこり笑って、ルクレツィアが答える。
「もちろんあなたの分は残らなそうだったから、私の分のおすそ分けです。」
「それは、ありがとうございます。」
どういたしまして、と返した笑顔の彼女を見ると、今がチャンスなんじゃないかとヴィンセントは思った。
紅葉真っ盛りの木々がその美しく色づいた葉を少しずつ落とし、かさりといって落ちた葉達が素敵なバックグラウンドミュージックに聞こえる。
「あのさ、」
とバゲットを半分くらい食べかけた時、ルクレツィアの携帯が鳴った。
とつぜん葉の音は消え、彼女が電話に答える音だけが聞こえてきた。
「はい・・・、それは困ります。分かりました。すぐ戻ります。」
ルクレツィアは電話を切って言った。
「ごめんなさい。サンプルの反応が変なの。」
済まなそうにその場を離れようとする彼女を止める力はヴィンセントには無い。
「話の続きはまた今度ね。」
詳しく事情を話さない彼女の言葉に、自分が預かり知らないプロジェクトのことだと分かった。
一度そのプロジェクトについて本社に問い合わせたのだが、はっきりした答えは返ってこず、ヴィンセントはどうしたものかと思っていた。
ーでも、隠そうとするなんて何かあるのでは。
一度自分の思う所を正直にルクレツィアに言ったら、
「きっと全部あなたの思っている通りだから。」
と言葉を濁された。
ーわかっているって、どういう意味だかよく分からない・・・。
丘をおりる彼女を見ながら、はらはらと落ちる黄色い葉を足の下に踏みしめ、釈然としない思いがつのってくるヴィンセントだった。

【19.11.2007】
【revised on June 7, 2010】
037.わかっていると君は言う


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