「今度護衛につくことになったヴィンセント・ヴァレンタインです。よろしくお願いします。」
ニブルヘイムに着いた時、今さらながらのかしこまった挨拶に彼女の同僚はかえって何かあったんじゃないかと気をもんだ。
「ずいぶん他人行儀なのね。仕事の時はいつもそうなの?」
がっかりはしていないが、親密さが薄れた感じでルクレツィアが言った。
今回の任務についてヴィンセントは上司から、万が一の時の最終的な研究者の処分についても聞いていた。
昨日最終確認をして現場に来た今日、その注意が頭に残ってしまい、どうしてもいつも話しているように彼女への言葉が出てこなかった。
新羅製作所が選んだ研究施設は、もともとそんな用途に建てられたものではなく、クラシックな外観に堅固な柱と美しい内装が印象的だ。
玄関から中に入った時に、ヴィンセントはその大きな正面階段と、壁の装飾の精緻さが目に入った。
一階の奥にある研究員のたまり場のような場所は、タークスのヴィンセントには少し居心地が悪い。
こんな辺鄙なニブルヘイムが研究所に選ばれたのは、宝条とガスト博士の猛プッシュと、研究資料がこの近くで見つかったと言う地の利からだ。
ミッドガル本社からの転勤も希望が多いと聞くが、きっと本社の閉鎖的で官僚的な雰囲気が嫌なのと、ガスト博士の人望もあるのだろうと思われた。
ー人数が多くなったら、ヘルプが来るだろうな。
万が一の場合とはいえ、もし最悪のケースの場合は自分一人で任務の遂行をするのは気が重くなるヴィンセントだった。
始ったばかりの研究所は活気に溢れていて、ただただ警護をするだけのヴィンセントは微妙に邪魔者扱いだった。
「ヴァレンタイン君、ちょっとこれ持っていてくれないか。」
側をうろちょろしているだけの彼にしびれをきらしたのか、ガスト博士は実験台に乗り切らない試薬を彼に持たせた。
「ヴィンセントさん、ちょっとこれをこの中に入れて見張っていてくれませんか?」
ガスト博士に雑用を言い付けられた隙に、別の研究者がさらに用を頼んできた。
ーそんなことしたら、護衛ができないじゃないか・・・。
反論する隙を与えずに、その研究者は薬品をヴィンセントに急いで渡すとばたばたと走り去って行ってしまった。
「ぼーっとしてないで、やるかやらないかはっきりしないか。」
薬品とビーカーを前に突っ立っているヴィンセントに、宝条が話し掛ける。
「・・・・・・・。」
ほらほら、さっさとしろ、と促す宝条に負けて、ヴィンセントはその日はずっと雑用係をやるはめになっていた。
そんなこんなで、ニブルヘイムに赴任して一週間もたつと、ヴィンセントの実験ぶりもなかなか堂に入ってきた。
ーっていうか、何でこんなことやってんだ・・・。
30本以上の試験管に試薬を均等にスポイトで注ぐヴィンセント。
「あら、うまくなったじゃない。」
振り向くとルクレツィアがにこにこ笑っている。
「人使いが荒い君の上司のおかげでね。」
ちょっとおどけて言ってみた。
「実験もできるタークスなんてそうそういないわよ。タークスを首になったら研究所で雇ってあげるから。」
笑いながらルクレツィアが付け加える。
「食いっぱぐれがなくてうれしいよ。」
ヴィンセントも言い返した。
どう致しまして、というルクレツィアの笑顔は輝いていて、これから始る研究が前途あるものだとヴィンセントにも思われたのだった。
029.ひまわりの笑顔
【10.18.2007】