「セフィ、入るよ。」
ヴィンセントがドアを開けると、聞き覚えのある曲が耳に入ってきた。
リンリンとちょっと古風な感じの金属音で、何度も同じメロディが聞こえてくる。
いつも彼が座っているデスクには姿がなく、ヴィンセントはセフィロスの姿を探した。
音のする方へ歩いて行くと、かなりの年月を経ていること感じさせる木製の小さなオルゴールが鳴っていた。
蓋には彫刻が施されていて、全体的に赤い木の色が生かされるような可憐な花の浮き彫りがある。
ー来てくれって呼んだわりにはどこにいるんだ?
続き部屋の応接のドアを開けようとして、背後に気配を感じると同時に抱き締められていた。
「ごめん、ちょっと寝てた。」
耳もとでセフィロスが言った。
身体に回された腕を掴んで、ヴィンセントが返事をする。
「明日ウータイに出陣なのに、そんなんで大丈夫なのか?」
さっさとうちに帰って準備でもしたらいいのに、と言うのと同時にオルゴールの音楽が止まった。
「あれを聞いてたら眠くなっちゃったんだよ。」
ヴィンセントを抱いていた手をほどいて、セフィロスがオルゴールのネジを巻こうとそれがおいてあるデスクの端の方へ行った。
「それ、よく持ってたな。」
キリキリとネジを巻く彼を見ながらヴィンセントが近くのソファに腰をかける。
「何で持っているのかは良く分からないけど、これを聞くと妙に落ち着く。」
目一杯ネジを巻いたオルゴールをテーブルに置いて、音を聞こうとヴィンセントの正面のソファにセフィロスは寝転がって目を閉じた。
ー落ち着かないんだな。
現在緊迫した情勢のウータイへ武装解除の最後通告に付き添って、組織の実行部隊が少数で随行するのだが、運が悪ければそのままウータイに残って戦闘に突入するかもしれない。
「誰が一緒に行くんだ?」
「それはヴィンにも言えない。」
閉じていた目を開けて、彼の方を見た。
めったに見られない不安げな目の色だ。
「多分8割がたの確率で武装解除はされないと思う。その時にどうするか、何度シュミレーションしてもまだベストの作戦が思いつかない。」
身体を少し起こして、じっと壁を見つめる。
ヴィンセントがそっと席を立って、セフィロスが起きて空いたスペースに無理矢理腰を降ろした。
「もうちょっとどけよ。」
背中合わせになるように、ソファのひじ掛けに足をかけてセフィロスの背中に寄り掛かってヴィンセントが座った。
「ヴィン、重いぞ。」
背後をちら見して、セフィロスが笑いながら文句を言う。
「ちゃんとに無事にウータイから帰ってきたら、キスぐらいしてやる。」
「キスだけかよ。相変わらずケチくさい。」
「老人ってのはケチなもんなんだよ。」
ヴィンセントが、あはは、と笑って後ろ手にソファの背においてあるセフィロスの手に触れた。
ぎゅっと拳が握られていて、緊張しているのが伝わる。
ただでさえ静かな部屋の中だが、もう残業している人もめったに廊下を通らない時間だ。
ヴィンセントの手と背中から伝わる体温をしばらくの間感じていたセフィロスが、口を開いた。
「あのオルゴール預かっといてくれ。」
うん、とヴィンセントが頷いたのが見なくても何となく分かった。

屋敷に帰ったヴィンセントは、セフィロスから預かったオルゴールを手にしていた。
手にすっぽり入る大きさで、彼は昔からそれを知っている。
ールクレツィアがセフィに子守歌代わりに聞かせていたな。
ヴィンセントもセフィロスが小さい頃にその歌で寝かし付けていたのだが、きっと彼は覚えていないのだろう。
オルゴールの音楽を聞きながら悩みに悩んでいたルクレツィアを見た翌日、彼女は新羅屋敷から姿を消していた。
蓋を開けると弱々しく音が聞こえてくる。
その様子を見ていると胸騒ぎがして、ヴィンセントはベッドに座ったまま暫く眠れなかった。

【6.10.2007】
015. オルゴール