都心では新月の夜もそうでない時もはっきり言って明るさは変わらない。
ヴィンセント・ヴァレンタインが午前2時の繁華街を歩いている時も、暦では新月だったのだが、周りのネオンと照明が明るいので全然月が出ている日との違いはは感じなかった。
ただ、本当はこの場にいるはずのない人物がくっついていることを除いては・・・
「セフィ、一体どこで私が今日でかけることを嗅ぎ付けたんだ?」
微妙に邪魔な感じを臭わせて、ヴィンセントがセフィロスに話しかけた。
「さあ?小人から聞いたかな?」
にやにや笑って、セフィロスがかわす。
ー・・・
一応ヴィンセントには目的地があるのだが、真夜中過ぎの繁華街は人が絶えることもなく、人込みを避けながら進んでいるのでなかなかどこが目的地なのかは分からない。
後ろからセフィロスがくっついてきていた。
「少し休んでいきませんか?」
ヴィンセントの手を取らんばかりに、色っぽい女性が近付いてきた。
「悪いが、そんな暇はない。」
店の看板を確認して、返事をしようとヴィンセントが思う前に、既にセフィロスが答えていた。
「あなたも一緒でもいいのよ。」
「ホモだから、楽しめないと思うぞ。」
何か言おうとするヴィンセントを強引に引っぱって、セフィロスはその場を離れた。
「セフィ、なんだよあの言い方。」
セフィロスがつかんだ手を静かに離しながらヴィンセントが文句を言う。
「ヴィンだって、どうせ断わるつもりだったんだろ。同じだ。」
それにしても言い方ってものが・・・と言いかけたヴィンセントの後ろを大声をだしながら、すごい勢いで人が通っていった。
「退いて下さい!患者が通るんです!!急患です!!」
急いで通り道を退くと、診察台に乗って大きなおなかをした女性が苦しそうにしていた。
繁華街の道路を、堂々と診察台を押して全速力で走っていく看護士(?)と医者(?)。
近くの雑居ビルの中にあっという間に消えていった。
「破水した!」
という声が微かに聞こえてくる。
あっけに取られるヴィンセントに、
「この辺はいつもこんな感じだぞ。」
とセフィロスが言った。
「でも、あんな汚そうなビルで出産するのか?」
納得がいかなくてヴィンセントが言い返す。
「誰もいないよりましだろ。一応病院のようだし。」
なんか信じられない感じだったが、何ができる訳でもなく、ヴィンセントは黙って目的地へ向かうことにした。
大分繁華街の奥の方へ進んできて、通る人も少なくなってきた時、
「!」
ヴィンセントが抵抗する間もなく、彼の腕をつかんでセフィロスはすぐ側の狭い路地へ連れ込んだ。
「セフィ!何?」
何も言わずに、彼の頬に手を寄せてキスしてきた。
振りほどこうと身動きすると、唇を離して首筋にキスしながら囁いてくる。
「あの警官に職質されるよりいいだろ。」
ちらりと路地の外を見ると、がたいのいい実直そうな警官がパトロールしている。
「何も後ろめたいことしてないだろ。」
「なら、根掘り葉掘り聞かれてもいいのか?」
すうっと首筋にキスしてきて、ぴくん、とヴィンセント動くと楽しそうにセフィロスが、ヴィンセントのシャツを脱がせようとしてきた。
「もういいだろ。」
警官が大分遠くにいったのを確認したヴィンセントが、セフィロスの腕からすり抜けた。
ー別にここでどうこうしようって訳じゃないけどさ。
でも、腕からすり抜けた彼を残念そうに見る。
そんなセフィロスの視線に気付かずに、ヴィンセントは近くのクラブに入っていった。
「ここ、俺が前に通ってたとこじゃん。」
夜の店にしてはシックな内装と、それに微妙にあっているんだかいないんだかのファンキーな音楽が流れる店内でヴィンセントが取り次ぎを頼んでいる。
「前々からまた来てくれって何回もここの人から連絡があったから、今日は顔だけでもと思ってな。」
ー何で通っていた俺じゃなくて、一回来ただけのヴィンに声をかけるんだ?
しかもヴィンも何でこんな時間に・・・と疑問に思っていると奥から店長が出てきた。
あっ!とセフィロスと店長の目が合う。
「セフィロスさん、久しぶりじゃないですか。最近来てくれなくて寂しかったんですよ。」
悪びれない様子で、セフィロスに声をかけてからヴィンセントにお礼の挨拶をしていた。
「ヴィン、顔見ただろ。帰るぞ。」
店長が彼の手をとって席に案内しようとした瞬間に、セフィロスがヴィンセントの腕を掴んで店をさっさと出ようとした。
「ってセフィ、来たばっかじゃないか。」
「そうですよ。セフィロスさんもゆっくりしていって下さい。」
にっこり笑って、ヴィンセントを見る店長の視線の言外の意味が微妙に伝わっていたので、セフィロスは早々に(無理矢理彼を連れて)店を出た。
さっさとタクシーをつかまえて、帰路につく。
「あんなにすぐに店を出るなんて、セフィも失礼なやつだな。」
ヴィンセントが車の中で話しかけてくる。
「っていうか、ヴィンもあんな時間にあんな所にしつこく誘ってくるなんて怪しいと思えよ。」
「別に知っている人だったし、時間もいつでもいいって言ってたから・・・スカウトでもされると思っていたのか?」
まあ、愛想が良くないから絶対にああいう職業は無理だけどな・・・と言いながらくすくす笑うヴィンセント。
ーあそこの店長自分がものにしたいやつを、呼び出して店にスカウトするんだよな・・・
クラブに通っている時にそんな場面に何回もでくわしたセフィロスは、今回もそっくりのシチュだったので思わずさっさと退散したのだった。
ーまあ、ヴィンのことだからすぐにあいつとどうこうってことはないだろうけど。
でも、まだあなたのものって決まった訳でもないですよね、と彼の目が言っていた。
ー決まった訳でもないけど、これ以上ライバルを増やす気もないんだよ。
ちょっと眠気が襲ってきて、ヴィンセントの肩に寄り掛かろうと身体を傾けるとそのまま抵抗なく、ばたん、と座席に倒れ込んだ。
「セフィ、大丈夫か?」
タクシーはもうヴァレンタイン邸に着いていて、ヴィンセントは車から降りている。
「・・・いつの間に。」
座席に寝転がりながら、ちょっと恨めしそうな顔をした。
おやすみ、とヴィンセントが声をかけてからちょっと迷うような感じで、
「ありがとう。」
と額にキスされた。
すぐにタクシーのドアが閉まって、車が出る。
ー少しは進展してるよな・・・
自分からキスしてくれるようになったし、と額に手を触れる。
ちょっと東の空が薄明るくなってきて、夜明けが近いのが分かった。
新月の夜には、月明かりの下では堂々と事を運べないような類いの出来事が、こっそり起こったり、話がいつの間にか進展していたり・・・以外と油断がならなかったりして・・・。
【6.17.2007】
017. 月のない夜