長い眠りから覚めた時に、一番最初に思いついたのは彼女が今どこにいるかを確認しようということだった。
既に屋敷内には人がいなかった。
タークスの捜査方法で探索したのだから、間違いはない。
ー今何年だ?
取りあえず敵も不審者も周囲に誰もいないことを確認したヴィンセントは、現状を把握しようと思った。
自分がかなりの間眠っていたことは、周りの埃の様子からよくわかる。
こんな自分をよく宝条が殺さなかったと思うが、もしかしたら純粋に、改造された被験体がどう生きていけるのか観察したかったからかもしれなかった。
ーまさか!
と、自分の体に発信器が着いていないか探ってみた。
着ている服にも、体の目立つところも見当たらない。
ーまあ、体に埋め込まれている可能性もあるな。
そうだったら、自分にはどうしようもない、というか、皮膚の近くだったら取り出すことも可能だが、奥深くに埋め込まれている場合は自力では無理だ。
そもそも、宝条がそこまで自分に興味を持っていないかもしれなかった。
取りあえず目に見える異常はないと確認出来て、ヴィンセントはこんな辛気くさい館はさっさと出ようと思った。
普通に生きている人々にとっては既に忘れ去られているだろう事実が、眠っていた自分にとっては、ここの柱の一つをとっても苦く蘇ってくる。
ー探さないでと言われても・・・。
以前に受け取った手紙を破り捨てて、ヴィンセントは外に出ようと玄関を開けた。
ーまぶしっ・・・!
ニブルヘイムの村からかなり距離がある新羅屋敷は、振り返ると荒んだ空き家の様相を呈していた。
思わず自分の服を見ると、袖口がぼろぼろになっている。
ーこれからどうなるか分からないのに、このかっこはまずいよな。
ヴィンセントは一度出た屋敷へ取って返して、必要なものを漁り始めた。


なるべく人の目につかないルートを選んで、ヴィンセントはルクレツィアを探し始めた。
新羅屋敷を出発した時の彼の格好は黒いダボダボの身体に合っていない服はともかく、雨風よけに一番ましだった赤いマントはまるで中世の吸血鬼を思わせるものでとても人に親しみを感じさせるとは言えなかった。
しかし、艶のある長い髪とよく見ると整った顔は以外と女性の警戒心を解き、道すがら官警の目を逃れるのに助けてもらう事もあった。
行く手を止められそうな事はあっても、不思議と追われている気配はない。
どこに彼女がいるか分からなかったが、当面目指す目的地へは以外とすんなりと進んでいた。
本当は宝条がどこからか自分を観察してるのでは・・・という不安が拭えなかったが。
ぱっ、と明るい光が目の前に差し込んできて、ずっと歩いていた森の道がいきなり開けた。
ぽっと明るい湖が眼前に現れ、ここだけ周りの地形からは隔絶している感じがする。
ヴィンセントがこんな森の奥に来たのは、ここへ出るのに必ず通らないといけない村で、茶髪の研究員のような女性を見たことがあると言う不確かな情報からだった。
ー時間だけはたっぷりあるからな。
出発前にニブルヘイムの村で、自分の状態を確認して一番驚いたのは、長くなっただらしない髪やどう見ても流行遅れのみっともない服装ではなく、眠る前から全く変わっていない外見と、衰えていない自分の身体能力だった。
しかもこの体は燃費がいいのか、しばらくの間食物をとらなくても全く生活に支障がない。
どうなるか分からない長旅をするには、うってつけだった。
ーでも、こんなところにルクレツィアがいるんだろうか。
人目を忍んでいるので、いるとしたら捜索されやすい都会よりも人里離れた田舎の方が身を隠してる可能背は高いとは思うのだが・・・。
どこから探そう、と見回した時、一転して空が暗くなった。
ゴロゴロ・・・と音がすぐして、ヴィンセントが空を見上げたとたんに、
ザザー
と雨が上から打ちつけてきた。
ーうわっ!
いくら燃費がいい体でも、びしょぬれになっては気持ち悪い。
ヴィンセントが森の葉が守る中に戻るかどうしようかと思った時、少し遠くに洞窟が見えた。
スコールのような勢いの雨は彼に迷わせる暇も与えずに、ヴィンセントは本能的に絶対にぬれないで済む洞窟へ急いで走っていった。


洞窟の中は思ったより生暖かかった。
びっしょりとぬれた上着を脱いで、雨を絞る。
足下には森からの落葉は一枚も吹き込んでなくて、きれいな岩肌の床に水を落とすのは若干ためらわれた。
以外に心地よい気温に服を全部乾かそうかと思ったが、なんとなく奥が薄明るい感じがして動きを止めた。
ーどこか別の場所に抜けられるのか?
タークスの常で自分の今いる場所を検分しようと光の方へ進んで行った。
ールクレツィア・・・!
目の前に人間大のクリスタルが現れ、彼女の所へ走りよった。
「ルクレツィア。死んでないよな。」
思わずクリスタルごと彼女を抱きしめて聞く。
懐かしさに声を聞きたかったが、水晶の中の彼女が答えるはずもなかった。
「君がいなくなってからいろいろあったんだ。」
少し気持ちが落ち着いてから眠っているような彼女のきれいな顔を見つめ、側に座った。
「セフィロスは、ミッドガルに連れて行かれたきりだ。今何をしているのか、生きているのかもわからない。ニブルヘイムの研究所は閉鎖されたよ。」
反応が無いのをちらりと確認して、更に言葉を続けた。
「私は・・・無事に生きている。君のおかげかもしれないが。」
最後に覚えている彼女の暖かい手に、今は触れることも出来ない。
「どうすれば起きてくれるんだ?」
呟くように言った後に、ゆっくりと立ち上がって今度は彼女の顔をしっかり見て抱きしめた。
光をぼおっと放っているクリスタルは抱きしめても全く温度が感じられず、冷たい感触がヴィンセントの体温を奪っていく。
ーもしかして、本当はとてもつらかったのか。
ヴィンセントの知っている彼女は強い女性だった。
自分の信念を曲げずにどんどんプロジェクトを進めていく、ある意味無謀とも思える意思の力があった。
「止めて欲しかったのか・・・?」
ヴィンセントが問いかけてもクリスタルの中の女性(ひと)は、もう答えてくれない。
どれだけ長く彼女の側にいたのかは分からないが、また来る、と言ってヴィンセントはやっと腰を上げた。
でも、もし彼女に声をかけたれたらすぐに戻ってきそうな、後ろ髪を引かれるように、何度も振り向く。
ーもし、もう起きなかったら・・・・?
ヴィンセントは自分の中の考えをあえて打ち消した。
洞窟を出ると既に雨は上がっていて、明るい湖が彼を迎える。
まるで、生まれ変われと言っているかのように・・・。

【11.2.2007】
032.イミテーション

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