「ありがとう、ヴィンセント。」
書くものを探していたルクレツィアに、側にいたヴィンセントがペンを渡した。
ちょっと驚いたように、ヴィンセントの目が見開く。
「グリモア・ヴァレンタイン博士の息子さんよね。」
彼女の黄色いリボンがくるりと揺れた。
ヴィンセントは今日偶然にルクレツィアの側にいるのではなかった。
以前に実験サンプルの護送任務で出会った黄色いリボンの研究者が忘れられなくて悶々としていたら、偶然社内のビルで見かけ、思わず(気配を悟られないように)彼女を追ってきてしまっていた。
「親父のことを知ってるんですか?」
「助手としてお手伝いをしていましたので。」
顔も良く似てるしすぐ分かったわ、と続けるルクレツィア。
ー親父と関係があったって本当だろうか・・・
同僚の言葉が頭をよぎったが、ストレートに聞く勇気はヴィンセントにはなかった。
「何かご用かしら?」
書きかけの論文を打つ手を止めてヴィンセントの目を覗き込んでくる。
「あの、良かったら今日夕食でも一緒に食べませんか。俺も残業あるからお腹空いてて・・・」
研究している時の親父の話も聞きたいし、と自分でも驚く程積極的な言葉を一気に言い切って彼女の顔を見た。
心無しか、彼女の表情が曇った気がした。
まだ周りに残業をしている研究職の社員も結構いて、部屋には定時後も仕事をしているぞ!という独特の空気が流れている。
「ごめんなさい。今日はちょっと無理なの。」
あからさまにがっかりした表情を見せないように気をつけたヴィンセントだったが、きっと彼女にはばれているには違いない。
「でも、空いている日もあるから。ちょっと待ってね。」
スケジュール帳を急いで開く彼女を見て、脈あり?と単純に喜ぶヴィンセントだった。
「ヴィン、サンキュ。」
デジャヴュのように過去の記憶が頭を駆け抜けて、ヴィンセントはペンを渡した手を止めた。
「?どうしたんだ。」
セフィロスの言葉にはっとして、手を離す。
ペンを受け取ったセフィロスは髪をかきあげて、目の前の書類に向かって書き込みを始めた。
「セフィ、髪は短くしないのか?」
隣に座ったヴィンセントが聞いてくる。
「茶パツにして、黄色いリボンでも巻いて欲しいのか?」
書類から目を離さずにセフィロスが言い返してきた。
「まさか。」
ヴィンセントが笑って、近くの書類を摘まみ上げて目を通し始める。
窓から少しずつこぼれ出てくる夜の闇が、知らないうちに部屋中に広がっていった。
さらさらとペンの走る音だけが、室内に響く。
お腹空いたな・・・、しばらくしてヴィンセントがぼそっと呟いた。
「飯食いに行くか?」
セフィロスがすぐに書類から顔をあげた。
ヴィンセントが答えに迷っていると、さっさと席を立ってコートにそでを通している。
「その書類、急ぎじゃないのか?」
ヴィンセントが席を立たずに聞いてきた。
「仕事よりヴィンの方が大事だ。」
くるりと彼の方を向いて、何食いに行く?と聞く。
そうだな・・・と言ってヴィンセントは席を立った。
今だったら、彼女の少し曇った表情も、すぐにOKしてくれなかった訳も良く分かる。
当時はまだ若くて、彼女のことが好きすぎて、分からなかったけれども。
【3.31.2007】
005. ありがとう