「ここからー!近くの人はここからスタジアムから逃げて下さい!」
シスネが声を張り上げていた。
サッカースタジアムは観客も選手も地面が揺れ動く事体に大混乱に陥っていた。
ー想定外の事件には、人員がいくらいても足りないね。
大陸の真ん中にあるこの国では地震に巡り会うのは一生に一回あればいい方だ。
「このスタジアムは耐震設計になっていない!早く出るんだ!!」
ジェネシスが声を張り上げる。
彼の目の端には大きな亀裂が入ったスタジアムの壁が見えていた。
ー地下の方が危ないな。
揺れも地下の方が若干大きく感じるに違いない。
ーでも、誰も誘導できていない今ここを離れるわけにも。
夢中になっているシスネを横目に入れながら、ジェネシスは地下にいるアンジールとセフィロス、ヴィンスを気づかった。
と、目の横を現場スタッフの制服をきた人が全速力で通り過ぎて行った。
「おっ、お前!誘導しろよ!」
ジェネシスが捕まえるより早く、自分の身の安全を求め走り去って行く。
「ジェネシスさん!二人じゃ無理です!!」
シスネが人込みに揉まれて泣きそうに弱音をはいている。
「ひよっこ!!このぐらいでピーピー言うんじゃ無い!!!」
ジェネシスが真剣な顔でシスネに言い返した。
「こういう時は、できる事をやるんだ!!お前最低限は自分の身は守れるだろ。」
「はい。」
いつの間にか足元の揺れはおさまっていた。
「いいか、地震は揺れが納まった後の影響の方が怖いんだからな。」
立てる・・・と、気を取り直したシスネと逃げまどう人込みに向かってジェネシスが落ち着いた声色で言い聞かせた。
「ハイ。先輩。」
自分の持ち場に戻ったシスネを見ながら、ジェネシスは地下の三人の無事を祈るのだった。
「セフィ。」
自分のスタンバイしていた間逆の扉に到着して急いで開けると、セフィロスがいきなり出て来た。
「あっ、ちゃんと持って来ているな。」
肩に担いだ大形オランウータン(プレジデント新羅)を見て、ヴィンセントが言う。
彼の肩の奥に見える会議室は、備え付けの家具はひっくり返っているものの、会議の出席者に目立った事故や怪我は無いようだった。
「でも、長居はしない方がいいようだ。」
セフィロスが壁に走る大きなひび割れに視線を向ける。
「皆さん、早く非常口から出て下さい!」
ヴィンセントが戸惑っている会議室内の人に向かって叫んだ。
「君!早く非常口へ誘導して!火災が発生したら取り返しがつかない!」
制服を着た若い男性に取りあえず声をかける。
「はっ!はいっ!」
彼が向かった方の非常扉に見覚えのある男が走って行くのが見えた。
ーあいつ!あの時逃げられた・・
「ちょっと待て!」
ヴィンセントが彼を追い掛けようとして、強引に腕を掴まれ止められた。
「お前、何年待ったと思ってるんだ。また消える気か。」
セフィロスが必死の表情でヴィンセントを止める。
ーあいつを追わないと・・・、どうやってこの場にもぐり込んだんだ!
振払おうとした腕をぎゅっと掴まれて、セフィロスの方に引き寄せられた。
ヴィンセントの目の端が、扉を開き出て行こうとする男を捕らえる。
「セフィ、」
と、ヴィンセントの両手が素早くセフィロスの両肩に添えられて、軽くくちづけされた。
「また、会える。」
すぐに唇を離され、優しく翡翠色の目を見つめた後セフィロスから勢い良く離れる。
「ヴィン!いつ!?」
新羅プレジデントオランウータンを投げ出さんばかりにしてセフィロスが叫んだ。
ヴィンセントは既に、例の開催国の金融大臣が脱兎のごとく逃げて行った出口を追って消えていた。
「お前、任務は完遂しろよ。」
ヴィンセントを追おうとしていたセフィロスをアンジールが後ろから止めた。
「そうだな。」
おさまった地震の二次災害もあるしな、とアンジールに言ってプレジデント新羅を運ぶ様はどう見ても不本意だった。
ーあの人はどこにいったんだろうな。
ヴィンスの姿が見えないのにアンジールは気付いていたが、この混乱の中では切り出せずに二人は地震の避難誘導をしながら、地上担当のジェネシス、シスネに合流した。
向日葵が枯れた後の花壇にコスモスを植えようとして殺風景な結果になるのは、花壇が長期休暇を取り過ぎて気が抜けている風にも見える。
セフィロスがプレジデント新羅の護衛任務を完遂した栄誉の勲章を、つまらなそうに眺めている様子はこんな侘びしい花壇にぴったりだった。
「そんなにそれがいらないんだったら、俺が奴の護衛を替わってやったのに。」
今にも花壇の中にその栄誉の印を捨て置こうとしている英雄に、ジェネシスが言う。
「お前にやるくらいだったら、どっかに投げ捨てるさ。」
ちょっとした夢想から冷まされたのが不快なのか、親友にもぶっきらぼうに言い放つセフィロスだった。
「シスネちゃんに聞いても、ヴィンスがいる場所は知らないってさ。」
「あんな付き合いの短いやつ知るはずないだろう。」
勲章を齧って、これ絶対メッキだなとセフィロスが呟き、言い返した。
「そう言うセフィロスは初対面の割にずいぶん彼と親密に見えたね。」
からかうようなジェネシスの口調を無視した。
「勲章は大事にした方がいいぞ。」
歯形を着けんばかりの様子に、アンジールが心配して言う。
「あの人だって大事にしているかもしれない。」
「そう言えば、あの会議に出た主催国の金融相、偽者だったな。」
アンジールの言葉に無反応にセフィロスがぼそっと呟く。
「代理じゃないのか。」
ジェネシスが言い返した。
「主要国だって代理人を出してなかった。主催国が代理人にするはずないだろう。」
「俺達は顔を見て無いからな。」
アンジールがフォローした。
ー主要国内に主催国とグルになっている所があると言うことか。
でも何の為に・・、ヴィンセントの調査の核心に触れる深い裏がありそうだったが、ピンチヒッターでたった3日間係わったセフィロスには全体像が掴めず、推測しようとする程頭が混乱した。
「あの人美人だったな。白い肌に黒い長い髪。」
ジェネシスがぽつりと言う。
ーまた、会える。
優しくセフィロスを見た紅い瞳は、すっと閉じられセフィロスの唇に甘いくちづけを残した。
ーだからそれはいつなんだって、ガキの頃から思っているんだよ。
納得いかないもやもやを振り切ろうと、すっくと立ってオフィスの方に向かった。
「セフィロス、まだ仕事する気か?」
もう帰宅しようとしているアンジールが声をかける。
「ヴィンスに止めてもらえるまでやるんじゃ無いのか。あの甘えん坊は。」
聞こえるように言ったジェネシスの挑発を歯牙にもかけずに、ソルジャーのオフィスに戻るセフィロス。
「まあ、具体的な執着が出来たっていうのはいい傾向じゃないか。」
アンジールが保護者の様に感想をもらした。
「あの浮き世離れした所がいいって言うファンは、逃がしちゃうだろうけどね。」
次のソルジャー1st人気No.1は守備範囲の広い俺だな、とジェネシスが宣う。
「疲れたら知らせろよ!バカリンゴジュース持ってってやるからな!」
あんな力の抜けるものいるかよ!、とアンジールの声にセフィロスが答えた。
「相変わらず口の減らない。」
ジェネシスが鼻で笑って、親友の二人は建物に消えるセフィロスを暖かく見守ったのであった。