昨日招待された某国金融相との高級レストランでの会食も、その後のプレジデント新羅のねぎらいの言葉も今朝のセフィロスの行動に全く影響しなかったようだった。
これから始らんとしている会議の会場で、目の前を通っていく各国金融相と言葉を交わすのも煩わしい様子で、セフィロスはプレジデント新羅に挨拶する重鎮達にお座なりの目礼をしていた。
「お前はもうちょっと新羅の為に行動できないのか。」
プレジデントがセフィロスにだけ分かるよう小声で言った。
「今回の俺の役割はボディーガードだ。接待は無かったと思うが。」
プレジデントがそれと分からないくらい眉があげたのを軽く無視して、セフィロスはそのままの態度を続ける。
主催国の金融相がセフィロスの前に立った時、彼はみごとな銀髪に見とれて10秒程凝視していた。
「自毛ですよ。」
彼の視線を反らそうと、さらりとセフィロスが言った。
「本当ですか。こんな見事な月の色をした髪は見たことが無い。」
まだ50歳前と見られる、各国の大臣と比べたら弱輩の金融相が、羨むようにセフィロスを見てから、プレジデント新羅の食えない顔に目を落とす。
「あなたがこの場にいらっしゃるとは。この話し合いはさぞかし実になりそうですね。」言外の言葉を含んで微かに光った目はプレジデントの返事を待たず、スマートに自分の席につく。
その間、プレジデント新羅は彼の言動に眉一つ動かさなかった。
「開始時間となりました。会議を始めます。」
議長が船出を待っていた岸辺の船の舫い綱をするりと解くように、なめらかに会議の始りを告げた。
セフィロスは出席者を一瞥すると、プレジデント新羅の背後に音も無くついた。
「ところでシスネちゃん、僕達の役目は何だっけ?」
サッカー準決勝の試合が始って、スタジアムの周辺をうろつくジェネシスがシスネに再確認した。
「だから、万が一の時のスタジアムの人達の誘導ですって何回言えば!!」
「怒るとかわいい顔が台無しだよ。」
ジェネシスのセリフでシスネが黙った。
「こんなスタジアム外の緊急誘導係、捨てる程わんさかいるって。」
軽口の言葉と裏腹に彼の表情が真剣になって、一瞬スタジアムの地下の方へ向いた。
「だから、シスネちゃん。万が一の時の為に備えないと。」
その言葉にシスネの表情が戸惑った。
「だって・・・ヴァレンタインさんは・・・。」
「ヴァレンタイン氏ってヴィンスだよね。」
畳み込みようにジェネシスが言いかぶる。
はっとした表情のシスネとジェネシスの視線が合うと、にっこり笑っているが彼女の次の言葉を一字一句掴もうとする目が鋭かった。
「そんなことより、市民の安全を一番に考えないといけないんじゃないですか!!」
シスネがばっさり話題を切る。
仮にもソルジャー1stなんですから、新羅の社会治安維持方針の為にも役立って頂かなければ、とずんずんジェネシスから離れて行く。
ーやれやれ。やっぱシスネちゃんはアンジールの方が吉だったかなぁ・・・
今から彼とチェンジしようにも無理だね、と時間を確認しつつ作戦スケジュールを復習する。
「ジェネシスさん、早く所定の確認終わらないと会議が始っちゃって、試合も始っちゃいますよ。」
「シスネちゃんは仕事熱心だねぇ。」
彼女の後に続いて軽口をたたきながらも、ジェネシスがスタジアムに流れている人を見る目は鋭い。
「当たり前です。だって私が一番このチームで弱輩なんですから。皆さんの100倍はがんばらないと・・・」
「俺がいるから大丈夫じゃない?仮にも1stだし。」
「そうやって人に頼ると私が成長できなくなっちゃいます。」
いつの間にか隣に追い付いて来たジェネシスにシスネが言い返す。
「えらいけど、可愛く無いねぇ。」
彼女を軽く追いこしてから、後ろをちら見して視線をあわせた。
「なっ!ジェネシスさんフェミニストって聞いてたのに!」
彼に追い付いて、シスネが腹を立てて彼の服を掴んだ。
「ほら、シスネちゃん点検ポイント飛ばしたよ。」
ジェネシスが彼女が見ずに通り過ぎた非常扉に視線を投げた。
「やだっ!」
彼の上着を離して、急いで建物の方へ向かう。
ー彼女もきっと彼のことは詳しく聞いていないんだろうな。
本当にただのテロ警戒の警備だったらこんなんでも気は楽だが、と思い新羅研究所の宝条博士のラボの担当のセリフを思い出した。
ーーこの情報は、ソルジャー部門へは公開していません。
ー何か引っ掛かる言い方だよな。例の彼はただでさえ秘密が多そうな雰囲気だけど、あの研究所と関連があるなんて・・・。
シスネが戻って来たのに気付いて、思考を一時中断する。
結局セフィロスに役に立つ情報さえも引き出せずに、張り切るシスネに付き従い機会を伺うジェネシス様でした。
ピンと張った糸を見つめるような時間が過ぎてゆく。
アンジールがヴィンンセントと会議室のすぐ外で警護している雰囲気はそんなだった。
見かけは若干老けて見えても、アンジールも20代だ。
ヴィンセントがピクリとも動かず、会議室の扉の一点を見つめている様子は奇妙だった。
ー今日は何も無い予定なのか。
アンジールが自問する。
落ち着いた彼の表情からは何も読み取れない。
いつからこの国に滞在しているからは知らないが、全く日ざしに焼けていない、透き通るような白い肌とながい睫の奥から見える紅い瞳は周りを見ているようで、アンジールにはその焦点がどこにあるのかは分からなかった。
会議室の扉の奥はアンジールの預かり知らぬ、世界レベルの金融談義とその決定がされている所だ。
生まれて初めてのこんな大きな舞台を少人数で警備をするのは不安だ。
ヒントを求めようと見たヴィンセントの横顔は、何も読み取れず涼しくこの会議室が納まっている箱をを静かに見守っていた。
「今日はなにも起こらない予定なんですか。」
思わず自分の思っている事を口に出した。
「いつもそれだといいと思っている。」
アンジールの方を見ずにヴィンセントが答えた。
取り付くしまの無い返答に、どう返せばいいか分からなかった。
「でも、こんな大きな会議室だから、二人一緒の場所にいるのは不用意だな。」
次の言葉が見つからずに、黙っているアンジールにヴィンセントが続けた。
「この会議室にはドアが四ケ所あったはずだ。君はセフィロスと私とも等間隔にある場所にスタンバイした方がいいな。」
上着のポケットから会議室の図面を取り出す。
「でも、会議の座席配置は事前のアナウンスがなかったですよ。」
アンジールが言い淀む。
「すくなくとも、ここに二人いるよりいいだろ。君は新羅の人間だからプレジデントにアピールするチャンスだろうし。」
ヴィンセントが図面に目を落とした瞬間。
ドン、
と地下から大きな地響きと突き上げるような振動。
大きな衝撃にアンジールとヴィンセントは同時に床に四つん這いに倒れた。
「アンジール。君はむこうの扉に行ってすぐに開けるんだ!!」
自分と同じ状態になっている彼に指示をだす。
さっきの図面から場所を指し示した次の瞬間、
グラッ
と立っている床が再び揺れた。
ー地震!?!
「アンジール!私が向こうへ行く。君はそこの扉を開けて!!」
足元が揺れて動揺するアンジールを残して、ヴィンセントは体勢を立て直し、その場を走って去る。
アンジールがすぐ側の扉を開こうとすると、
「なっ!!」
ぐらぐらと足元が揺れ始めた。
ー大きいぞ!
転ばないよう床に這いつくばるのがやっとで、すぐ目の前にある扉に行こうにも身体を動かせない揺れだ。
ーヴィンス、大丈夫なのか。
幸い会議室を取り巻く廊下には倒れるような障害物はない。
しかし、どう見てもソルジャー1stより華奢な彼がこの揺れに耐えられるとは思えなかった。
ー・・・やっぱり年の功か?
ヴィンスが転がって来る様子も無く、まだ揺れもおさまらず、周りの現地警備員は立つことも行動する事もできず、会議室の中がどうなっているのかも分からない。
「アンジール、お前も少しは役に立たないとな。」
未だ開かない手近な会議室の扉に向かって、言われた事ぐらいは実行しようと思い、慎重に身体を起こした。