雨季が明けようとしている今はこの国で一年の中で最も美しい時期で、人の手が入った都市の風景でさえも瑞々しい景色を映している。
通り雨のあとの冷えた空気が開花したばかりのジャスミンの香りを乗せて来たのに、セフィロスは思わず店に入る前に雨露が残る木を見上げた。
「セフィロス、ここだ。」
店内に入ろうとした彼を、屋外の椅子に座っていたジェネシスが呼び止めた。
雨期と乾季しか無い熱帯のこの国では、冷房がない店では外にオープカフェのように椅子とテーブルがおいてあるのが普通だ。
まあ、暑すぎる時は店内の日陰にいた方が良かったりもするが。
サングラスをかけたジェネシスを見て、それとわからないくらい微かに眉を顰めセフィロスは彼の座った正面に腰掛けた。
「何でこんな目立つ所に、って思ってるな。」
ジェネシスに向き合わずに通りの方へ身体を向けているセフィロスに言う。
「・・・で、分かったのか?」
彼の戯れ言に付き合わずに、セフィロスがちらりと視線を向ける。
「いつに無く素直だな。まあ、俺も気になってるけどね。今回の美人の指揮官は。」
目立つ銀髪をキャップの中に隠して、暑そうに通りを見ているセフィロスだったが、ジェネシスのコメントにぴくりと反応した。
「あれは俺のだ。」
「君の言うヴァレンタイン氏で無ければ、優先権は無いだろ。」
「絶対あいつはそうだと思うんだが・・・。年齢がどうも合わない。」
昨日キスして彼のからだに触れた時のことを思い出す。
しっとりと瑞々しく指先にまですいつく肌の感触は、どう計算しても30代後半には思えない。
「ちなみに新羅のやつらに聞いたら、ヴィンセント・ヴァレンタインという人間はいたらしい。」
「いたらしい?」
セフィロスが顔をジェネシスに向ける。
「どうも俺たちが産まれた頃にタークスに所属していて、記録では任務中に死亡となっているんだと。」
「俺が10代の時に受けたソルジャーのオリエンテーションにいたぞ!」
30代かと思っていたが、それだと少なくとも今は4ー50代のはずだと、セフィロスが素早く計算する。
「公式記録は、だ。」
勿体ぶったジェネシスの言い方が気に障ったが、セフィロスは既に彼に向かい合って次の情報を真剣に待っていた。
「で、非公式な記録を調べようとしたらブロックされてしまったんだよ。」
「誰に。」
ジェネシスがひと呼吸置く。
すっかり乾いてきた空気に甘いジャスミンの香りが漂って来ていた。
「宝条博士だ。もしかしたらヴァレンタイン氏となんか関係があるんじゃ無いか?」
「・・・」
「それにヴァレンタイン氏について調べたって、それがヴィンスだっていう証拠も・・・」
「いや、あいつだ。あんな奴が二人といるもんか。」
10代の頃に出席したオリエンテーションに飽き飽きしている所に見かけた、白く整った黒髪の彼をどうしても前に見た事がある気がして、詰め寄ったがはぐらかされてしまった。
その時は彼の黒く濡れた瞳を縁取る長い睫と上品な唇を見上げていただけだったが、昨日彼の長い睫と唇を上から見ていたら思わず・・・と手が出てしまったのだが。
ーあんなに華奢だったか?
思ったよりも簡単につかまえられて、キスした感触は女性とは違う全く甘ったるく無い、レモングラスの香のような鮮烈な感じがした。
「あいつがブロックしているなら、危ないからそれ以上調べない方がいいな。」
ジェネシスに答えるとも無く、セフィロスが呟いた。
「大体、ヴィンスがヴァレンタイン氏であっても無くても、本人がOKならそれでいいんじゃ無いか?」
ジェネシスが席を立ちながら言う。
ーそういや、抵抗は全然されなかったな。
彼に合わせてセフィロスも店を出ようと立ち上がった。
「もう一個の方は仕事の話だから、皆と一緒の時に話すぞ。」
店員にチップを渡しながらジェネシスが言う。
「空港に行く時間だ。」
セフィロスが携帯の時計を確認して言った。
「俺も行った方がいいのか?」
「さあ、来たけりゃ来ればいいさ。」
その辺のタクシーを止めて乗り込もうとしているセフィロス。
と、何か感ずいたようにジェネシスがセフィロスの隣に乗り込んで来た。
「空港まで。って何だよいきなり。」
座る場所を確保しようとぎゅうぎゅう押されて、セフィロスが言った。
「あの美人が来るんだろ。俺も見に行く。」
車が発進すると道が空いているのか、タクシーの窓には飛ぶように茶色の建物が立つ通りの景色が過ぎてゆく。
「人の物を取るなよ。ヴィンは俺んだ。」
「ヴィンスだろ、今は。しかも同一人物じゃ無かったら、彼はいい迷惑だ。」
彼の言葉に、セフィロスがびっくりしたような顔をする。
ー・・・こいつこういう所天然なんだよ。
「お前の話全部無視してるじゃ無いか。絶対知らないんだよ。」
「違う、あれは知らない振りをしているんだ。何故だかは分からないが。」
ジェネシスがやり込めようとしたのに、セフィロスが珍しく言い返す。
ーおやおや、今回英雄殿は本気だな。
いつもならジェネシスの絡みなぞ鼻で笑って相手にしない彼だからだ。
「別にあのきれいな顔を見に行くぐらいいいだろう。減るもんじゃなし。今度の作戦のニケかミネルヴァになってもらわないと。」
「ふん。女神ばっかりだな。」
目の前の標識を見て、ドライバーがちゃんと空港の方の道を選んだ事を確認した。
10分も走らないうちに、全面金属とガラス張りの国際空港が見えて来る。
今回のスポーツ大会開催に合わせて建設したこの国の目玉の一つだ。
日が暮れかけてくると、遠くからは空港内の照明が建物全体から溢れだしているように、きらきらと輝いて見える。
今は昼間なので中天に上った太陽の光を反射するだけだが。
到着ロビーの入り口に着いて、二人は車から降りた。
「あいつは神頼みするような奴じゃない。」
ジェネシスに話し掛けるわけでも無く、セフィロスはぼそりと口を開いた。
ーふうん、セフィロスがこんな執着するヴィンス、ヴィンセント氏はそんな人なのか。
チャーター機の着陸ゲートを確認しに行ったセフィロスを見ながら、ジェネシスは謎の多いヴィンスという人物に思いを廻らせるのだった。

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