「シスネ、頼んだ情報は全部集ったか?」
ヴィンセントがある事務所の片隅に座って、PCに向かっている女性に尋ねた。
「まだです。どの情報ソースがいいかも全く分かっていませんから。」
「ぐずぐずしていると、相手に先に動かれるぞ。どうすれば集るかちゃんと考えろ。」
ヴィンセントの口から厳しい言葉が出た。
「はい。・・・すみません。」
シスネは手持ちの情報ソースの見直しをすぐに始めた。
ヴィンセントは新羅カンパニーから入手した資料を見直して、問題点をリストアップしている。
「ところで、ソルジャー三人組には連絡は取れたのか。」
PC画面から目を離さずにヴィンセントが言った。
「あっ、・・・はい。アンジールはラザード統括から連絡を取ると聞いていたので、セフィロスに連絡が取れました。」
「ジェネシスは?」
「電話を切られました。」
何か言われるかと思ったのだが、ヴィンセントは無言のままだった。
二人のいるオフィスの照明は窓から入ってくる外光に比べて心なしか薄暗い。
熱帯のこの国では普通はオフィスにはぎんぎんに冷房を効かせ、昼間の外の熱気でへとへとで到着した客を冷えたオフィスでもてなすのが習慣なのだが、二人の職場にそんな珍客が来る予定はなく、控えめな冷房と暗くした照明で涼を取っていた。
「あの三人と打ち合わせするんだっけ。」
閉めっぱなしの窓が少し息苦しくなったのか、ヴィンセントが細く窓を開けた。
木陰で少し冷まされた細く部屋に入ってくる自然の風は心地よい。
「はい。この案件は最初からタークス主導で先にこちらに来ているヴァレンタインさんに協力を頼んで行っていましたから。ラザード総帥も詳細は御存じないかと。」
「シスネ一人であいつらに説明に行けるか?」
「は!?」
微笑するヴィンセントに向かって、思わず素頓狂な声をあげてしまった。
「今やってることを説明するだけだろう。」
ヴィンセントが、Noの答がないのはOKだという解釈をして話を進めて来た。
「ヴァレンタインさん、私はまだタークスに入って二年目のぺーぺーなんですよ。」
このままではまずいと思ったシスネが、反論した。
「優秀だから私に付けたと聞いたけど?」
「大先輩のサポートあってこそです。」
絶対引くものかと、ヴィンセントをじっと見据えてシスネが答えた。
ー・・・やっぱりシスネだけじゃ無理か。なるべく会いたくないんだが・・・。
下調べの段階でソルジャー三人を使おうと決めた時、実地のオペレーションをシスネ+ソルジャー三人に任せようとヴィンセントは作戦を立て始めたのだが。
「どちらにしても、あんな大御所ソルジャー三人を目の前にして私の指示だけで動いてくれるとは思えません。」
ヴィンセントが言い返す前に彼女が言い切った。
「予告日は?」
「3日後です。今日を入れても4日後。」
ー本当に時間がないな。
初動が遅すぎたかと思ったが、実行場所の特定に時間がかかったのだからしょうがない。
「打ち合わせは今日の夜を一応予定しておく。但し私が指示した情報が全部揃ってなかったら時間を再考するから。」
シスネの表情が引き締まった。
「分かりました。」
「私は実行場所を検分してくる。何かあったら連絡するように。」
部屋から出ていくヴィンセントにシスネが頷く。
真昼の日ざしにはいらないのでは、と思えたがヴィンセントはいつもの黒いジャケットを手に取って出かけていった。


「だからさぁ、わざわざこんな暑い時間に外に出ることもないんじゃないか。」
ちょうどバスケの試合が終わって、アンジールがさっさとスタジアムから出たのにジェネシスが文句を言いながらついていく。
「お前は腹へってないのか。」
何も言わないアンジールに変わってセフィロスが聞いた。
スタジアムの周りはちょうど昼時で、スタジアムの集合という環境に似合いの、質より量な食堂がいくつも並んでいて、どこも人でいっぱいだった。
見た所メニューにはこんな厨房でもできるようなシンプルな料理しか見受けられない。
それでも、大規模なスポーツイベントの催し物を見逃したくない人たちには貴重な休憩所ではある。
「こんなみすぼらしい所じゃなくて、もっといいレストランで食事をしたいよなぁ。」
「お前は初デートを期待している女か。」
ジェネシスのつぶやきにアンジールが答えた。
「俺はただ休暇を満喫したいだけだよ。」
アンジールの中傷めいた意見に、少しむっとして言い返した。
ーまたはじまった。
二人の言い合いにあきれてセフィロスがどこで自分の胃を満たそうと周りを見回すと、目の前を人影が横切った。
ー・・・!
奥に眠っていた記憶を、チリン、と小さな鈴の音で呼び覚まされた感じがして、気付くと思わず目の前の人の腕を掴んでいた。
「!・・何か・・・。」
いきなり前進を止められて、びっくりした表情が彼を見つめる。
「失礼。ヴィンセント・・・ヴァレンタインではないですか。」
反射的に掴んでしまった腕だったが、彼の顔を見たら離すに離せなくて、できるだけ穏当に聞こえるように言葉を選んだ。
アンジールとジェネシスはセフィロスの珍しい執着っぷりに、既に会話を止めて様子を注視している。
「人違いだと思うが・・・君は?」
ヴィンセントが優しい顔でセフィロスを見た。
一瞬がっかりしたセフィロスだったが、気を取り直してにやりと笑っていった。
「知っている人に似てただけだ。ついでにちょっと話に付き合って欲しいんだが。」
ヴィンセントの承諾を待たずにその辺の空いている食堂に引っぱっていく。
「ちょっ・・・と待て。私は急いでいるんだが。」
「時間は取らせない。」
有無を言わせず強引に赤い目の青年を引っぱっていくセフィロスに、二人は唖然としてついていった。
「本当に良かったです。情報収集が間に合って。」
スタジアムから大分離れた奥まったカフェの一角でシスネが報告をしていた。
あっそう、と気のない風にヴィンセントは相づちをうった。
「次決めるのは打ち合わせ時間と場所ですが。」
話を先に進める。
ヴィンセントは全然話を聞いていないようで、シスネの方さえも見ずに考え込んでいるようだった。
ーヴァレンタインさん、急げって言った割にはどうしたのかしら。あと3日しかないのに。
いつものシスネならレノにさえ堂々と文句を言っているところだったが、ツォンの仰々しい紹介で今回特別に組んだ相手なので大人しくしている。
3時を過ぎた時に、ヴィンセントからいきなりスタジアム近くの待ち合わせ場所を言われて、情報をちょうど集め終わったところで良かったと、急いで指定の場所に向かったのだ。
「セフィロスは私の事を覚えているかもしれない。」
シスネの言葉を聞いていなかったようにヴィンセントが言った。
彼の目の前のアイスレモネードの最後の氷が、カラン、と溶けた。
「それはまずいんですか?」
良く分からずにヴィンセントにシスネは言った。
「せっかく忘れかけているのに、思い出させることもない記憶だからな。」
セフィロスとヴィンセントの関係に全く繋がりが思いつかなくて、彼の言葉が理解できなかった。
ヴィンセントはまだ考え込むように、カフェの外の景色を眺めていた。
国際的な大会会場にふさわしく、行き交う人々は色々な人種が入り交じっている。
「まあ、分からなくても今回の案件には関係ないが。」
彼女の納得が言っていない顔にやっと気付いて、ヴィンセントが言葉を続ける。
「もう時間的にも会わないわけにもいかないからな。」
やっとヴィンセントが本題に入ってきて、シスネは自分の今日の成果を一生懸命話し始めた。
「仕事が入ると思うと遊びも心から楽しめないよ。」
ジェネシスがまたしても文句を言いながらスタジアムからの帰路についていた。
スタジアムでの目当ての試合があらかた終わって、三人とも揃ってホテルへ向かっている。
ミッドガルでは有名人の三人だが、注目のスポーツ選手がごまんと集っているスタジアムでは気付かれることもなくリラックスしてぶらぶら街を歩いていた。
「お前街の中気にしないで歩けるから、このイベントに来る事にしたのか。」
セフィロスが楽しそうに周りを見ながらアンジールに言った。
「普通にリゾートとかに行ったらめんどくさい事になるかもしれないだろ、しゃれたレストランとかあるさ。」
アンジールがジェネシスに当てつけるように言う。
「別に行く事に反対はしなかったじゃないか。食事の場所が適当すぎるだけで」
彼の物言いにすぐにジェネシスは言い返えした。
スタジアムの近くこそ近代的な30階程度の高層ビルがちらほらと建っていたが、しょせんは大都心のミッドガルとは違う。
初めてのメジャーなスポーツ大会を主催する地域らしく、スタジアムから10分以上歩く三人が泊まっているホテルの近くになって来ると、土ぼこりがたつ平屋や二階建ての建物ばかりだ。
5時も大分過ぎて来て夕暮れがひたひたと近づいて来ると、一階に開店している店鋪にぽつぽつと裸電球や蛍光灯が点ってくる。
街灯も暗いこの辺にでは、遅くまで営業している店鋪や道路沿いの屋台の灯りが行く道先を照らしていた。
セフィロス達が宿泊している場所は立地こそ小道の奥に位置して寂しく見えるが、この国の貴族の屋敷を改装したこじんまりとしたホテルだった。
5分も歩かずに大通りに出られるわりと便利な場所でもある。
どっしりとしたホテルの入り口の木のドアが、三人が近づいて来るのに気付いたドアマンによって軽々と開けられる。
シンプルでモダンなデザインのシャンデリアにほんわりと照らされた、広くはない一階のロビーの奥にあるフロントへ向かうと、どう見てもタークスの制服の女が立っていた。
「その服、目立つんじゃないか。」
休暇を邪魔されたことが少し気に障っているジェネシスが彼女を横目で見て言った。
「すぐ分かるからいいかと思ったんですが。」
1stクラスのソルジャー三人を目の前にして、少し緊張してシスネが答える。
「お前だけか、タークスは。」
セフィロスがあきれたように、彼女に視線を流した。
「いえ、私は助手です。もしみなさん夕食が済んでいなければ食事をしながら打ち合わせになります。済んでいたら・・・」
「みんなすぐ行くな?」
アンジールが全部を言わせずまとめる。
「場所はどこ?」
めんどくさそうな態度だが、ジェネシスの目が少し真剣になる。
「すぐそこです。」
シスネがフロントに目配せすると、レセプショニストが丁寧に頷いてフロントから出て、フロントのすぐ隣にある彫刻がほどこされているドアに鍵を差し込んだ。
「ここは新羅カンパニーが今度の大々的なスポーツイベントの為にこっそり建設したホテルなんです。まさかここを使う事になるとは思いませんでしたが。」
秘密の入り口にびっくりした顔のアンジールへ、シスネが言った。
「どうぞ」
レセプショニストに促され、三人ともドアの奥に続く細長い廊下のじゅうたんへ足をおろすと、すぐに扉が閉まり鍵がかけられる音がした。
思わず後ろを振り返る三人に
「ちゃんと出られますから。」
と前方から声がした。
長身のすらりとした身体に黒いスーツ、艶のある黒い長い髪に紅の目をした男が廊下の突き当たりにある部屋の入り口に立っていた。
「今日もう会いましたね。今度の案件の担当です。ヴィンスと呼んで下さい。」
セフィロスの目をまず見て、他の二人に微笑む。
「あんた、タークスだったんだ。」
ジェネシスが呟いた。
「今回だけ特別応援をたのんだの。タークスではないわ。」
シスネが三人の後ろから口を開く。
「すぐに説明を始める。何しろあと3日しか時間がない。」
ヴィンセントはさっさと奥の部屋に消えて行った。
ーセフィロス、本当は知り合いじゃないのか?
アンジールが囁く。
ーさあな・・・・・・。
珍しく真剣な顔つきでセフィロスはヴィンセントが入っていく様子を見ていた。
「早く入って下さい。」
彼女が促すのにセフィロス、アンジール、ジェネシスが部屋に入る。
最後にシスネが入って、音もなく部屋のドアを閉めた。

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