3−2. ユ・ウ・ワ・ク


「藤丸、悪かったな。」
泉の上着に包まれた藤丸を軽々と抱きかかえながら、泉は大股で自分の執務室へ彼を運んでいた。
「いい、降ろせよ。歩ける。」
藤丸の言葉を無視して泉はそのまま彼を抱えて部屋に入った。
ソファに彼を降ろし、適当な服がないかロッカーを見ながら話を続けた。
「都庁内は全て監視カメラでモニタリングされている。言葉に気をつけろよ藤丸。」
Tシャツと、替えのシャツが見つかって泉は藤丸の目の前に置いた。
「この部屋だけ切っといてやるよ。」
パチン、と愛用の端末を操作する。
泉が一瞬目を見開いた瞬間に操作が終わったようだった。
「もう、見られてない。」
ちらっと泉を見て、端末を閉じると、藤丸は替えのシャツの方に手を伸ばした。
「でけぇ。」
体格のいい泉のサイズでは、細身の藤丸の身体はすっぽりとシャツに埋まり、手の長さもかなり余る。
その様子にくっくっくと笑って泉は言った。
「ああでもしないと本気と思われないからな。」
藤丸の服はあの時泉に破かれて使い物にならなくなってしまったのだった。
「隊長が本気なのかと思って焦ったぜ。」
くるくると余った袖を折りながら、藤丸が答えた。
「でも、お前も以外と反応がよかったぞ?そのケがあるのか?」
「ねーよ!」
持ち前の気の短さで、泉に突っかかる。
泉は笑って、何か飲むか?と藤丸に聞いてきた。
「コーラ。」
泉は冷蔵庫を開けて、ドクターペッパーならあるぞ、と声を上げた。
「やだよそんな変なもん。」
っていうか、隊長の冷蔵庫には何があるんだ?と泉の側に寄ってきた。
ー似ている。
髪を上げているときは気付かなかったが、泉の隣の藤丸の横顔はまだ東京に災厄が訪れる前に恋人だった彼女に少し似ていた。
黒髪のセミロングで、可愛いというよりどちらかというとハンサムな顔立ち、藤丸程華奢ではなかったが隣にいる高さはちょうどそのくらいだった。
「何だよ碌なもんねーな。ジュースでいいや。」
思わず既視感から、藤丸の頭に手を置こうとして自分のしていることに気付いた。
「お前はしゃべると台無しだな。」
「な、何だよ。」
「胸もないしな。」
伸ばした手で藤丸の胸をぽんぽん、とたたいた。
「なっ、ある分けねーだろ!男なんだから!」
触んな!と泉の手を振りほどいてジュースを手にとると、ソファに戻った。
泉自身はコーヒーを入れて、自分のデスクにつく。
藤丸はといえば、パックジュースを音を立ててジューっと飲み、足を組んで手を背もたれに掛けてまあ、見るからに態度が悪い。
ー今まで気付かなかったのは、この行儀の悪さからだな。
それでも髪を解いて座っている感じは彼女を思い起こさせて、泉は藤丸から目を離せなかった。
「で、俺は隊長付きになって何をするんだ?」
泉が見ているのに気付いて藤丸が言った。
「当面特に無い。」
藤丸から視線をそらせて窓の外を見て、泉は答えた。
尊たちの襲撃を受けている都庁のはずだが、泉の執務室からは戦闘の様子は見えず静かだった。
「何だよ。じゃあその端末の調子でも見てやろうか。」
ソファを立ってパックジュースを置いたが、掴む角度が悪かったらしく、飲み残しのオレンジが勢い良く出てきて、藤丸の白シャツの胸元にかかった。
「あっ、やべっ。」
まいっか、とそのまま泉のPCを見ようとデスクに近づいてきた。
「おいおい、直ぐ落とせば落ちるぞ。」
泉は席を立ちタオルを濡らして帰って来る。
藤丸は既に泉のデスクの椅子に納まって、目の前のPCのチェックを始めていた。
「システムメンテの時以外は身の回りの世話でもと思ったが、そのズボラじゃ無理そうだな。」
「悪かったな。」
落とすから、肩出せと言われて藤丸は素直に右腕をシャツから抜いてはだけさせた。
かたかたとキーボードを打つ藤丸の横で、泉はシャツの胸についたオレンジの汁をポンポンと叩いてタオルに移す。
直ぐ目の前には黒髪がかかった裸の肩が見えていた。
ーどうも調子が狂うな。
どうしても、その場所から目が離せずにせめて髪を上させようと思ったが、男のオフィスにそんなものがあるはずもなく。
「隊長、このファイルめちゃくちゃだけど整理していいか?」
と振り向くと泉の顔が思ったよりも近くて、藤丸はどきりとした。
「ああ、ほら落ちたぞ。」
サンキュ、と言って藤丸がシャツの肩を上げ、泉は立ち上がった。
「あっ、悪い隊長の椅子。」
藤丸は泉が突っ立っているのに気付いて別の椅子を探す。
「お前が作業中だろ。別にいい。」
「そんな怖いことできるかよ。」
藤丸は席を立ってファイル整理の作業を続けた。
不自然に空席になって、泉はため息をついて藤丸の空けた椅子に座る。
その側で藤丸は休みなくキーボードで作業を続け、泉は藤丸の腰を掴んで身体を持ち上げた。
「隊長、何をする・・・」
ポンと泉の膝に乗せられて藤丸があっけにとられていた。
「ほら、これならお前も疲れないだろ。続けろ。」
「お、おう・・。」
一瞬調子を崩されたが、藤丸はすぐに目の前の作業に集中する。
しばらく泉は藤丸の作業を見ていたが、だんだん興味をなくして彼の黒い髪と横顔に視線を移した。
艶のある黒い髪を指に絡めてみる。
藤丸は作業に集中しているせいか、泉に髪をいじられている事には全然気付いていなかった。
「よし、隊長。これで少しは使いやすくなってるはずだぜ。」
30分程して、ポン、とenter keyを押して藤丸が振り向くと、泉が自分の髪を手に絡めているのが見えどきりとした。
「ご苦労。」
泉が空いた手で藤丸の頭を撫でる。
「俺の髪が気に入ったのか?」
自分の指先を見ているのに気付いて、泉は髪から手を解いた。
「まあな。昔の恋人がちょうどお前くらいの黒髪だった。」
「髪ぐらいいくらでもいじっていいぜ隊長。身の回りの世話出来ないお詫びだ。」
膝の上から少し身体をずらして、藤丸は泉が触りやすいように少し身体を彼に預ける。
「泉だ。」
近くなったその距離でまた黒髪を手に取り泉は口を開いた。
「赤銅隊長?」
「泉だ。」
「い、ずみ?」
「そうだ。」
と少し顔を和らげ泉は藤丸の顔の輪郭を撫でた。
何でもない動きなのに、その感触に藤丸はまたどきりとする。
彼女の事を聞こうと思ったが、すぐに思い直して口を閉じた。
ー今俺の髪触ってるってことは。
2年前の災厄で行方がしれなくなっている可能性が高い。
「好きだったんだな。」
「まあ、恋人だったからな。」
はっきりと過去形で言ってきた。
「そんな風に俺のシャツ着てる時もあったぞ。」
「・・・・・・エロイな。」
「そりゃ恋人だからな。」
きっと今自分がされているように、その髪を手に絡める事もあったんだろう。
そう考えると泉のシャツを着て、彼にひっついて髪を触られている状況に藤丸は気恥ずかしくなってきた。
「し、赤銅隊長、俺服ないか探して来るよ。いつまでもシャツ借りてるのもわりーし。」
少しでも、彼から距離をとろうと藤丸は椅子を立った。
「勝手に動くな。」
泉の力強い腕にすぐに戻されて、藤丸はまたもとの体勢に戻ってしまった。
「お前は人質だ。勝手に都庁内を動く事は許さん。」
自分の立場を再確認させられ、藤丸は状況を再認識する。
ー少しでも、時間をかせぐ・・・そして、できれば隊長から情報が取れれば・・・
それは赤銅泉の動き次第でできるはずだ。
「た、いずみ・・・。」
「何だ?」
「俺はそんなに似てるのか?」
預けていた背中を起こし、少し身体を泉に向けて藤丸が聞いてきた。
「・・・・・・黙っていればな。」
「・・・・・・・・・。」
これ以上会話が続けられず、藤丸の脳内神経がフル稼働する。
藤丸は身体を泉の方に向け、椅子の上に膝立ちになって泉の肩をつかんだ。
まだ午後2時で窓に差し込んで来る光で、シャツを通して彼の身体の線が透けて見える。
それよりも、泉を見下ろしている黒髪の様子が泉の過去の記憶と重なった。
「見え見えだ。でも悪くない。」
その言葉に藤丸の表情は少し不安げな色を浮かべ、紅い瞳が少し揺れた。
「来い。」
藤丸の後頭部に手を回し、自分の身体に引き寄せる。
ぐいっと泉の胸元に顔を埋めさせられて、藤丸は隊長のネクタイを解き始めた。
「乱暴にするなよな?泉。」
ふっ、とさっきの和らいだ顔になり、泉は藤丸に顔を近づける。
ーケン、許せ!
赤銅隊長の唇が重なった時に、藤丸はぎゅっと目を閉じた。




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