首都の近くには小さい宿場町のような村落がある。
エアリスが立ち寄ったのはその村落の中心街からは外れた、なんてことないレンガ造りの一軒家だった。
「こんにちは!」
にっこり笑ってエアリスが入ると、中にいる女性がびっくりして出迎えた。
「どうしたんだい?危ないじゃ無いか、こんな首都の近くに来て。」
エルミナがで迎える。
「ちょっと人を助けなくっちゃいけなくて、王宮に入れるように服を貸して欲しいなって。」
笑顔をくずさないエアリスに、エルミナがため息をついた。
「エアリスは昔からこれって決めたら絶対曲げない子だったね。」
でも、危ないことは絶対するんじゃ無いよ、と言ってクローゼットを開けていた。
椅子に座って、テーブルに頬杖をつきながらエアリスはエルミナの様子を見ていた。
ちょっと外れた所にあるこの家は、人通りも少なく一目を避けるには絶好の隠れ場所という感じだ。
外から見えないようにそれとなくブラインドを閉めて、彼女はエルミナに話しかけた。
「最近変わったことある?」
がさごそと音がして、クローゼットの中をあさっている最中だったが声が聞こえてきた。
「最近外国人が良く出入りしているよ。うちの辺りにもぽつぽつ来ているからねぇ。」
「鎖国が解けたってこと?」
エアリスがきく。
「そうじゃないねぇ。皆お忍びみたいだから。」
ようやくそれらしい衣装が見つかったのか、両手に服をもってクローゼットから出てきた。
「今日は泊まっていくのかい?」
服を渡しながらエルミナが尋ねる。
受け取りながら、エアリスは首を振った。
「たそがれ時が一番正体がばれにくくて、潜入しやすいから。」
不満そうなエルミナの表情を見て付け加える。
「何でもいいけど、お母さんをあんまり心配させるんじゃ無いよ。」
うんわかってる、と返事をしながら着替えたエアリスが家を出たのはほんの10分後だった。
砂漠の中に巨大な城塞のように聳え立っている首都は、長い砂漠の道程を歩んできた旅人を威圧するかのような風貌を備えている。
ヴィンセントの押し込まれた部屋にはそんなアングルの首都の風景画が、飾ってあった。
その絵をちらりと見て、ユフィに話しかける。
「一通りカンディフ族の王族には会っているんだよな。」
ユフィは大きく頷いた。
「じゃあ、彼等の中で不穏な動きをしている者を探ってくれ。いなかったら他の部族かもしれないからそっちも頼む。」
「いいけどぉ〜」
スプリングがきいたベッドで揺れているユフィが、一言言いたそうに返事をする。
「私が一生懸命頑張って探っている間、ヴィンセントは何をするわけぇ?」
微妙にふくれっつらをしているユフィが子どもっぽくて、思わず吹き出してしまった。
「私もちゃんと仕事をするよ。とりあえず、外部への通信手段を持っているのは私だけだろう?」
ちゃんとウータイにも役に立つように動くから、と笑顔で話しかけるヴィンセントにユフィは思わず、うん、と答えてしまった。
一方、エアリスは順調に首都に入って夕闇の王宮街をぷらぷらうろついていた。
遠くの繁華街のにぎわいがそれとなくうかがえる、ちょうど狭間の位置で足が向く方向を決めかねている。
ー不審者の置き場所は第三王女か、だめだめの第一王子の王宮なんだけど。
護送中に他の王家の人に気付かれてたら第一王子の方になるんだけどね・・・無理をいってセフィロスからコントローラをもらった方が良かったかなぁ。
でも、セフィちゃんきっとヴィンセントに一生懸命接近中だからね。それを邪魔するのも悪いじゃない。
まあ、それぐらいカバーしましょうと、取りあえず潜入が簡単な第三王女の方へ向かった。
ヴィンセントは取りあえずユフィと役割分担を終わって、一人になっていた。
部屋を出る前にユフィが、くれぐれも外に出ないでね、と念を押して盗聴器とカメラを再セットして例の大嫌いなひらひらの民族衣装の格好をして部屋を出ていく。
ーとにかく、ここには盗聴器とカメラがあるわけだな。
でも、ユフィがこれらをはずして安心したということは、カメラとかはユフィが設置しているのかもしれないと思った。
ーその辺を聞いておくべきだった。
余りに聞くべき情報が多すぎたので、聞きそびれた。
エアリスがいればもっと効率的に話を聞けたと思うのだが。
カメラの角度をみながら角度を調節できればメールを送るぐらいはできるな、と思ってカメラを調節しようと思ったが、カメラが設置してある場所が分かったらさらに状況が悪くなる気がしてやめることにした。
ー映像はユフィじゃない人が見ている可能性もあるしな。
カーテンのきれいなドレープをそれとなく見て、自然と考えが頭の中に揺れ動く。
ーこんな時セフィがいてくれたらなあ、と思うよな。
彼ならきっとめちゃくちゃな理由を作ってカメラを壊すかするだろう。
ーこう考えると私はつくづく非力だな。
うじうじ考えていても仕方が無い、取りあえず部屋の窓から外を見た。
窓はパティオに面していた。外はすっかり暗くなって星が瞬いている。
パティオの真ん中には噴水が設置され、水が溢れんばかりにたたえられている。
噴水ヘ向かう石畳の合間には樹木と寄せ植えの植木鉢とが涼し気な木陰を作り目を楽しませている。
ところどころに、趣のある明かりがぼんやりと灯されていた。
ー民主主義になったとはいえ、王族は相変わらず富を独占しているのだろう。
砂漠の国で貴重な水がこんなに豊富に使われているのだから。
パティオの周りは渡り廊下が取り巻いてあり、王女の侍女と思われる女性やこの王宮に仕えていると思われる男性等が時々通っている。
ユフィによるとヴィンセントのいる部屋は表通りから一番遠い部屋で、もし外に出たいならすべての部屋を通るか、屋根をのぼった方が早いかもしれないとのことだった。
王宮内は複雑な通路が絡み合って迷路のようになっている場所も多いので、慣れないとなかなか外に出られないこともあるという。
ーここの部族通しの争いは結構血塗られているからな。
近代民主主義になったのはここ20年程だったと思うが、それまでは最大部族のカンディフ族を中心にその時々の一番力のある者が国をまとめてきた。
その王の決定過程はまあ、どこの国でも多かれ少なかれあり得る話ではあるのだが、王座を巡っての暗殺や毒殺、特定の部族の制裁などなどお互いの部族がとても仲良くなれないような残酷な歴史を経てきているのだ。
ー迷路のような宮殿もきっとその名残りだろう。
少し外の空気を吸いたいと思い窓を開け、窓枠に手を置いた。
「!」
その手にそっと手が重ねらる。
カメラに気取られないように手の主を確認すると、ヴェールの下からエアリスが唇に人さし指を立てて笑いかけた。
ヴィンセントはにっこり笑った。エアリスは侍女の格好をしている。
王女の宮殿では一番目立たない格好だ。
ヴィンセントの手の甲に指で文字を書いた。
ー中庭に出てきて。
エアリスはすうっと立ち去った。
さて、どうやって散歩しようかと窓から出てもいいかと思いつつユフィを紹介した方が良いだろうと、部屋のドアを開けた。
「アマルダ!いるか?」
その辺を歩いている付人達がびっくりしてアマルダを呼びに行った。
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