Second Lesson for Fujimaru, the Hachiohji head of a ward 1


遠くから、藤丸の姿を見つけて、彼が赤銅隊長と一緒にいるのを見たとき、
ケンは不思議と胸がざわついた感じがした。
「ケン!」
八王子区から立川に用がある時と同じように、彼に笑顔を向けて走り寄って来るのを、
狩人部隊トップの赤銅隊長が見守っている。
敬礼をしたケンに答え、じゃ、と藤丸が軽く礼を言って赤銅泉隊長が去って行くのに、思わず藤丸に言葉をかけた。
「あんな、ぞんざいでいいのか?赤銅隊長だろ。」
「いつも、あんな感じだぜ。オレは。」
と、自分には分からない距離感で藤丸が答えて来る。
ー日本人はどうも不思議だな、オレにとって・・・
自分の感覚だと、上司と部下はいくら親しくてもあんな風に馴れ合わず、一定の距離感があるものなのだ。
ー馴れ合う?赤銅隊長と藤丸が?
二人が馴れ合っている、というのは自分的には想像できない光景だった。
赤銅隊長は近衛のトップで、藤丸は同期組のエリートとはいえ、今の地位は東京の辺境の八王子区長だ。
赤銅隊長が引き上げようと思わない限り、藤丸が同じ立場になる事はないと思えるのだが・・・・・・
「ケン、さっきから話しかけてるのに、どうしたんだ?」
と藤丸の声が聞こえて、はっと思考から醒めた。
「藤丸、悪い。今いる軍の編成と構成に少し手間取っていてな。」
と言い訳をする。
「あんまり頭、悩ませんなよ。オレが手伝える事あるんなら、いつでも立川行くから。」
一般市民しかいない八王子に比べて、軍人をオーガナイズしないといけない立川の方が何倍も区長としての負担は重い。
あの黒女はそう思って、藤丸を八王子、自分を立川に任命したのだろうと思う。
でも、赤銅隊長は直接そこに関係するとは思えないのだが・・・
「藤丸、赤銅隊長は何かお前に依頼しているのか?八王子区で必要なこととか。」
何で一緒にいたのか、という訳を聞かれている気がして、ギクッとして藤丸が口を開いた。
「単に、辺境の様子見だと思うぜ。反抗的な組織がないかっていう感じの。」
それならいいが、と答えたが、自分にそんなことを隊長から聞かれた事はなく、しかも立川の方がずっとその危険は大きいのではないかと思われた。
「藤丸。あと30分ぐらいでここの用は終わるから。一緒に帰るか。」
とケンが声をかけたのに、ん、と嬉しそうに藤丸が頷く。
研究所での実験時代からずっと一緒の二人だが、年はかなり離れている。
ケンは軍役を幾つかこなしてから参加したので20歳前後、藤丸は幼い時から研究所にいて5歳以下の時から検体として実験を受けていた。
そんな小さい時から藤丸を見ていると、最近は大分大人になってきたんだなとケンは思う。
言葉遣いが悪いのは変わらないが、背も伸びて、すらりとしたその少年らしい身体が少しずつ大人に近づいている気がする。
「藤丸、彼女とか、好きな人とか作らないのか?」
「はぁ?」
最終チェックリストを手に作業しながら、いきなり話題を振ってきたのに素っ頓狂な声を上げられた。
「そういう年頃だからさ。俺がお前ぐらいの時は、気になってしょうがなかったぞ。」
「ケンは俺の親かよ。」
笑って藤丸に顔を向けるケンの頬を、軽くグーパンチで殴った。
ー何だか分かんねぇのはいるけどよ。
赤銅隊長の事を思い浮かべて、その紅い目が少し大人の色を帯びる。
その表情を見たケンは、ま、正直には言わないよな、と思い、これ出して来るから待ってろ、とチェックリストを手に都庁舎へ向かって行った。
それを見送って、とさりとその辺のベンチに藤丸は腰掛ける。
はぁ、とまだ自分でもよく分からない気持ちを持て余して、藤丸はベンチに座って物思いに沈むのだった。


都庁舎で時間待ちの間に、陽気なカーボーイハットが目に入って、ケンが顔を確認しようと目を上げると、やっぱりそれは渋谷区の春山区長だった。
「ケネスさん、お元気そうで。」
目の上に、Vサインで合図されて、相変わらずだなと敬礼を返す。
「今日はどんなお仕事で?」
と近づいてくる彼に、
「相変わらず運び屋だよ。軍用機での。」
と笑って答える。
軽く世間話をした後で、
「そういや、藤丸ちゃん、昨日いたけど。まだいる?」
と春山が聞いて来る。
「今、下で待ってるはずだ。」
と、その窓から都庁舎前のベンチに座っているのが見て取れて、それを示した。
「ああ、やっぱり・・・・・・。」
と、少し心配な表情をした後に、そのまま春山はケンの隣を立ち去ろうして、少し迷うような様子を見せてから、言った。
「ケネスさん、もし、藤丸ちゃんが大事なら、少し気をつけてみてあげた方がいいかもしれないぜ。」
意味深な春山の言葉に、藤丸も、もう子どもじゃないだろ、と言葉を返したが、春山の表情は変わらなかった。
「じゃ、俺伝えたからな。」
と春山は他に用があるようで、その場を離れる。
ーどういう意味だ?
と疑問がまず頭を巡ったが、取りあえず、何で昨日帰らなかったのか聞くのがいいだろうな、と春山の言葉通りに受け取った。
何となく、藤丸が赤銅隊長と一緒だった時の、変な不安感を思い出す。
窓から見える、藤丸の考え込んでいるような様子が見えて、
ー難しい年頃なのかもな・・・
と思い、自分の名前が呼ばれて手続きのオフィスへ入った。


「いいのか、バイクで帰らなくて。」
「うん。」
とケンの大型のヴァンにも乗らない彼のバイクを、立川区の軍用トラックに載せて持って帰るのに、ケンが念を押した。
昔から知っているケンの安全運転は、安心する。
本当は、八王子までバイクで飛ばしても良かったのだが、ケンに途中まで送ってもらえるのは正直楽だし、久しぶりに一緒にいられて嬉しかった。
「あのさ、ケン。」
「藤丸、昨日からこっちに居たって、」
二人の言葉が同じタイミングで混ざって、あっ、と藤丸の目がさまよった。
「いや、藤丸俺のは大した話じゃない。何だ?」
と、ケンがいつもの様子で藤丸を気遣う。
「ああ、オレのも大した話じゃなくってさ・・・・・・」
最近、渋谷区の住民が予定より増えすぎて、毒林檎の被験体をもっと選別したらいいんじゃないか、という話が来てて、それを八王子区からちょっと出せとか言うなら気分ワリィよな、と言葉を続けた。
「何だ、俺はまた、近衛の隊長から何か無理難題を突きつけられているのかと。」
と、ケンがハンドルを回しながら藤丸に言ったのに、
「あの人が、それはねぇぜ。」
と笑って藤丸が答える。
「だって、藤丸。鬼の赤銅隊長だろ?」
「鬼だけどよ、ちゃんと正直にやってるやつにはフェアに接してくるぜ。」
ははっと笑う藤丸に、自分は赤銅隊長と直接話した事もなく、あの不安感は杞憂なのか、と思った。
「じゃ、昨日こっちにいたのは、それがらみじゃなかったんだな。」
「そーだよ。」
と自分の心に嘘をついた。
本当は、赤銅隊長について言った事は他人に対してそうなのか、全く知らない。
自分を誘っている手前、藤丸に対しては結果的にフェアかもしれないが、赤銅隊長は自分を抱きたいからそういう態度なのだと思う。
そして、誘われる度にそれを受け入れてしまう自分は、そんな求められ方でも、心の片隅でどんな形であれ誰かに自分を欲して欲しいと思っている、自分の奥にある、ほの暗い欲望にあらがえないだけだ。
ーこんなの、ケンに説明できねぇよ。
と、高速のちょうどいいジャンクションにさしかかり、
「ここで降ろしてくれよ、バイクで帰る。」
と藤丸が言う。
準備しようと、緩めていた軍服の前を整えるのに、
「藤丸、今日は立川でゆっくりしてってもいいんだぞ。」
と、ケンが言う。
「さすがに、区長が2日も本拠地空けてちゃ、示しつかねーだろ。」
と藤丸が断った。
それは、そうだな、とケンは答え、ヴァンから降りる藤丸の様子を見守る。
春山に言われた通り、少し注意して彼を見ると、自分が今まで思っていた印象よりも、大人びてきていて、前は子どもっぽいと思っていた仕草が若干艶っぽくなっている気がした。
ーま、以前のように四六時中一緒にいるわけでは、ないからな。
大人に交じって仕事をしているうちに、自分の知らない所で色々と経験しているのだろう。
じゃな、とそのジャンクションから一般道に入って、バイクで去って行く藤丸を見ながら、
そういえば、何で新宿特区に昨日泊まっていたのか聞き忘れたな、とケンは今更ながら思い出したのだった。





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