双子を、屋敷のポーチ前に着けたミッドガル警察特殊留置場行きの護送車に入れる。
「奴らに付き添わなくていいのか?」
「容疑者を先方に引き渡すまでが契約だから。」
引き渡しの書類にサインして運転手に渡すと、護送車はあっという間に屋敷を離れて行った。
「もしかしてあの運転手も双子の一人だったらどうすんだ。」
セフィロスが車を見送りながら軽く言った。
「そんなことある訳・・・・、いや、可能性としては無くもないし・・・。」
どうしよう?、と真顔でヴィンセントが彼を見る。
「走って追い掛けるか?」
からかうように返すセフィロス。
「追い付くと思ってるのか?」
ヴィンセントが少し笑って、これがあるから大丈夫だよ、と引き渡し書類の写しをひらひら振った。
「何はともあれ、今回はヴィンが無事で良かったよ。」
携帯を出して、ルクレツィアに電話しようと玄関近くにある花壇の赤いレンガに腰掛けたヴィンセントの隣に座った。
「セフィさえちょっかいださなければ私はいつも無事だぞ。」
側に寄ってきて頬を撫でられる感触に気付いて、ヴィンセントはダイヤルしようとした手を止めた。
「だってこの前は変なおやじや女に絡まれて、大変だったじゃないか。」
頬に触れた手でそのまま柔らかい黒髪を梳き、開いた方の手でヴィンセントの唇にそっと触れてから、さり気なくキスしようと顔を近付ける。
ーセフィ・・・朝っぱらから・・・
ヴィンセントが身を引いて、口を開こうとした時、
「お邪魔しま〜す!ヴィンセント、ルクレツィアちゃんから電話!」
と、ティファが元気よく玄関から出てきた。
「・・・・・・・・」
動きを止めて、じとっと彼女を見るセフィロス様。
「い、今かけようとしてた所だった。」
はい、と彼女の携帯を差し出され、受け取ったヴィンセントは、ぱっ、とセフィロスから離れ立ちあがって話し始めていた。
真夏のそれとは違う、薄いブーケを一枚羽織ったような太陽の光が降り注いでいる。
薄桃色のコスモスが秋の訪れを告げるように一輪、二輪とヴィンセントの立った足元に咲いていた。
「・・・本当の用は何だよ。」
セフィロスが、電話で話すヴィンセントを横目で見ながらティファに聞いた。
「お嬢さんのお父さんが、何で娘が襲われたのか最初から話しますって。」
クラウドがドアの影から顔を出して、話がうまく進んでいるか窺っていた。
「分かった、すぐ行く。」
セフィロスが即答してヴィンセントを呼ぶ。
彼の声にヴィンセントが電話を切ろうとすると、
「あっ!それ切らないで。ルクレツィアちゃんも関係あるから!!」
とクラウドが大声を上げた。
「それはどういうことだ?」
ヴィンセントが急いでルクレツィアと話を始めると同時に、セフィロスがクラウドに鋭く聞いた。
「俺も理由は知らないんだ。とにかく、あのお父さんが関係あるって言ってたからさ。」
セフィロスに答えながら屋敷内に戻るクラウドとティファ。
「何がどう関係あるんだ?」
急いでドアに滑り込んだヴィンセントがセフィロスに囁いた。


港近くの次の荷を待つ倉庫の奥で、一人通信を試みている人間がいる。
何度か接続を試行していたが一瞬クリアな通信環境になったあと、すぐ雑音が混じってきてその間に声が聞こえてきた。
ーこの案件は?
ーもうクローズだ。
ーじゃあ、関係者も全部消去か?
ーああ、問題にならないようにやってくれ。時間は・・・多少掛かっても大丈夫だ。
その後は雑音は徐々に大きくなり、急に音が消えた瞬間倉庫の中に人は消えていた。
「セフィ、いいかげんにミッドガルに帰れよ。ザックスも根を上げてるんじゃないのか?」
屋敷の裏口から出て道なりに続く散歩道を、ヴィンセントは歩いていた。
「緊急の案件はないってさ。俺がいなくても1ヶ月くらいは仕事まわらないとダメだろ。」
今回はいい機会だ、と言いながらセフィロスはゆったりとヴィンセントについて歩く。
「しっかし、遺伝子治療の為だっていって被験者から実験用の卵細胞を採取するなんて、恐ろしいことをやってるものだな。」
セフィロスが後ろで呟いた。
「まあ病気を直したい方は必死だし、ちょうどあの頃はES細胞が知られ始めた頃だったからな。」
ヴィンセントが付け加えた。
「でも、あの女が見つけた採取対象者のカルテはアルツハイマー以外の症例もあったのが引っ掛かる・・・。」
セフィロスの指摘に、ヴィンセントが軽く頷ずく。
昼間の木漏れ日が濃い緑のの木々の葉を通して、眩しくちらついていた。
ー証拠はないが、きっとこの屋敷の主人が言っていたクローン実験でそれらの卵細胞が使われたに違いない。でも、なぜわざわざ遺伝子に異常のある女性ばっかり狙ったんだ・・・?
小道の途上にある井戸を通り過ぎ、道なりに滝の方へ向かった。
「あのさあ、そろそろ教えてくれてもいいじゃないか?」
黙って考え込んでいると、セフィロスがじれったいように言った。
「何をだよ?」
ヴィンセントが適当に答える。
「あの女が、出口の無い部屋で襲われたのと、逃亡者を捕まえようとして、そいつが廊下で消えた訳だよ。」
ヴィンセントがきょとん、として歩みを止めた。
「セフィ、まだ分からなかったのか?」
一気に不機嫌になったセフィロスの表情に、ちょっと考えれば分かるよ、と笑って返す。
水場の近くの岩場が見えてきて、滝音がだんだん大きくなってきた。
ーあのおやじの説明の時に、あんな丁寧に遺伝子治療とか、ES細胞とiPS細胞とか、クローンについて教えてやったのに・・・。
ふつふつと怒りが込み上げてくるセフィロス様。
まあヴィンセントだけに説明した訳ではないのですが・・・。
滝つぼの近くに来て、さらに水音は大きくなってきた。
何か言った声が聞こえてきたが、滝音で聞こえない。
「ヴィン、なんて言った?」
滝つぼの側で、セフィロスが大きい声をあげる。
「ワトソン君も少し頭を使った方がいいよって。」
くすくす笑って言い返すヴィンセント。
その言葉にむっとして、前にいる彼の腕を掴んでぐっと引き寄せる。
「言わないと、キスするぞ。」
「セフィ・・・、教えたってするんだろ。」
と、とっさに言い返す。
そのまま何も言わずに、ヴィンセントの頭をしっかりと抱きとめ、唇を重ねた。
「セフィ・・・んっ・・・」
キスしながらそっと薄目を開けると、滝の水が落ちてきて反射する光がヴィンセントに映えて、まるで彼が光の中にいるような錯覚をおこす。
セフィロスの身体を押し返そうとする彼の手を、包み込んで。
「別にこのままキスしててもいいけどな。」
一瞬唇を離して囁いてから、またキスをしてヴィンセントを抱き締めた。
ーっていうか・・・この場所、まずくないか・・・?
屋敷からも遠くて、誰もこなそうな森の中では逃げようにも・・・と思った瞬間に、彼の唇がすうっと首筋をすべってきた。
「ちょっと、セフィそこでストップ・・・」
と言った時に、足下がぐらっと揺れた。
「うわっ!」
後ろにそのまま倒れて、
「おい!危ない。」
とセフィロスが腕を掴む前に、ヴィンセントは滝つぼに落ちていた。
「ちょっと、ヴィン!」
自分も滝つぼに助けに行こうとして、ざばっと水しぶきがあがる。
「はあっ・・・思ったよりも、浅い。」
すっかり水に濡れた彼を見て、セフィロスが滝つぼの側の岩に腰を降ろした。
「教えてくれれば引き上げてやるぞ。」
岩に手をかけて上がろうとする彼の動きを、面白そうにちょいちょいっと防いで意地悪をする。
「だから、彼女はあの時間に部屋で襲われたんじゃないんだよ。」
話し始めたので、セフィロスはヴィンセントの手を取って、岩場に引き上げた。
うわ、びしょびしょだよ、と言って服を絞る。
「ティファ達がが来る前にあの部屋で襲われて、必死に襲われた時の頭の傷を髪飾りで隠して、その夜いつものように扉に鍵をかけて片付けようとした時に、うたた寝をして悪夢を見た、と言う訳。」
「まあ脳震盪をおこすぐらい深刻な傷だったからなぁ・・・。でも、悪夢であんなうなされるなんて大袈裟じゃないか?」
セフィロスが、服を絞っているヴィンセントの隣に座る。
「でもそう説明しないとあの夜、部屋に暴漢がいなかった訳が説明できないだろ?」
壁に血の手形とか、人が潜んでいた痕跡とかちょっと前に着けられたってすれば自然だ、と付け加えた。
「なんであの女はそれを言わなかったんだ?」
「言おうと思ったら、あの警官が屋敷に来ちゃったからだよ。」
問題のファイルをどうやって処理しようか考える間もなく、暴漢の犯人が警察だと言って来て、話す時間も無くなっちゃったんじゃないか?と言った。
服を大方絞り終えたヴィンセントを観察しながら、セフィロスが口を開いた。
「で、問題のファイルをどうするかだな。」
俺まだ全部読んで無いんだよなぁ・・・と呟いてから後ろ手をつき、緑に覆われている上方に目を向けようと首を反らした。
「本当は警察に届けるのが筋なんだろうが・・・。」
ヴィンセントが迷うような声色で、勢い良く落ちていく滝をじっと見て言う。
「新羅カンパニーかうちの組織に写しはあった方がいいかもしれないな。実験の前後の書類は新羅製作所時代の書類にあるかもしれないし、警察は・・・あの双子が巧妙に隠れていた場所だからなぁ・・・。」
セフィロスの言葉に、
「本当はどこまで人間を消すつもりだったのかも気になる所だな。あのファイルちゃんと見ないといけないが、かなりの人間が係わっていたようだからその詳細も・・・。」
調べたいけど契約は終わっちゃったしなぁ・・・とヴィンセントが呟いて少しため息をついた。
「で、廊下で追いかけてた人間が消えたのは何でだよ?」
考えに沈もうとするヴィンセントを、セフィロスが引き戻した。
「それはもっと単純。少しは考えろよ。」
思考を中断されて、ちょっとむっとしてヴィンセントは答えた。
絞っても結局びしょびしょでなんとか服を乾かそうと、岩の上に寝転ぼうかどうしようか迷う様子を見て、セフィロスがそっとその上に覆いかぶさった。
「ちょっ・・・セフィ・・乾かないよ。」
「ヴィンが、俺に喧嘩売るからさぁ。」
「・・・部屋から逃げた人間が、電気が消えた瞬間に素早く着替えて反対側から走って来ただけだ。」
「だって、脱いだ服は?」
「もともと物陰に隠れていた双子の一方が手伝ったんじゃないか?詳しくはわかんないけど。電気が消えた瞬間に着ていたマントみたいなのを脱いで、逃げていたのを反対方向からいかにも走ってきたように見せた訳。」
ー・・・俺ってバカか・・・?
ヴィンセントの話を聞いて、ちょっとあっけに取られる。
「セフィは気付かなかったかもしれないけど、カーテンに見つからないようにマントが引っ掛かってたよ。」
「・・・あっそう・・・。」
間断ない滝の音に時々、装飾音のように鳥の声が混じる。
ヴィンセントがセフィロスの下で、ちょっと身動きした。
「セフィ、もういい加減にどいてくれないかな。」
まだ上から退かないセフィロスに、ヴィンセントが言った。
服を乾かしたい・・・と言いかけた彼に、セフィロスがにやりと笑って口を開く。
「俺がお前に接近するのはそんなに抵抗したい程嫌か?」
最初は意地悪そうに口端をあげていたが、向けられた碧の瞳は妙に真剣だった。
「・・・それは・・・今、答えないとだめなのか?」
どけようとしたセフィロスの腕を掴んで、言いにくそうにヴィンセントが答える。
それには何も答えず、セフィロスがヴィンセントの服に手をかけようとした瞬間、
ルルルルルル!ルルルルルルル!
と携帯が鳴った。
「あっ、バレット、」
素早く携帯を取り出しして表示を見たヴィンセントは、セフィロスから目を逸らして話し始める。
「えっ?ルクレツィアもう限界?すぐ帰るよ。」
服ももういっかぁ、とするりとセフィロスの腕を抜け出し、来た道をさっさと戻る。
ー・・・・・・・・ヴィン・・・って言うかあのガキ・・・。
足早に去っていくヴィンセントに、待てよ!俺も帰る!、と大急ぎで追い付こうと走るセフィロス様。
滝に掛かったきれいな丸い虹が、二人を見送っていた。


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