もうすぐ60も半ばを過ぎるのではないか、という感じのこの館の主人兼研究所長は、初対面の時はかなり憔悴していた様子だったが、娘が徐々に回復してきている為か、セフィロスと今日話をしようと向き合った時はしっかりとした目で彼を迎えた。
リーブの携帯をしょうがなく操作していたら、側を屋敷の主人が通ったので、ちょうど都合を聞いたらすぐ時間を作ってくれたのだ。
善は急げと縋るリーブをさっさと放って、セフィロスは教授の部屋へ招き入れられた。
「ちなみに、君は遺伝子研究関連の内容は、分かるのかね?」
椅子を勧めながら、屋敷の主人は微笑して聞いてきた。
「はい・・・分かります。」
主人のこちらを伺う様子に、クラウド達がどんな対応をしたのか目に浮かぶようで、苦笑するセフィロスだった。
なら、と彼は今まで自分が発表した研究論文や資料等のファイルをいくつか取り出して机に置き、さて説明しようとセフィロスの正面に座った。
この屋敷の主人の書斎は、たいていの研究者と同じように、壁面という壁面は全て天井迄ある作り付けの本棚である。
かなりの圧迫感があるはずなのだが、外に面する大きな窓と初夏の明るいひざしのせいか、そんなに重苦しい雰囲気はなかった。
「ちなみに、遺伝型アルツハイマーの治療方法を発見されたんですか?」
彼が話し始める前にばらばらと、机に置いてある論文のタイトルと概要部分を斜読みしてセフィロスが聞いた。
「発見・・・はしていない。が、一度だけ何故か治療に成功したことがある。」
「それはこの人ですか?」
セフィロスが、自分が持っていた資料の中から、二番目の被害者の老女の写真と検死書類を見せた。
屋敷の主人はそれらを受け取って、写真の裏面に書いてある名前まで確認してからゆっくり頷いた。
「かなりの年なのに発症していないので、変だなと思っていたんです。」
セフィロスの言葉に更に頷いて、屋敷の主人は口を開いた。
「確かにこの人だ。ミッドガルであったと言う事件の報道で、彼女じゃないかと思っていたのだが、これではっきりした。」
治療当時の彼女のカルテを見るかい?と言われて、お願いします、と返事をした。
「治療法を発見していないけど、治療が成功した、というのは?」
セフィロスがさらに質問する。
「調べたかったのだが、彼女は治療の途中で行方がしれなくなった。私が彼女が発症していないとはっきり分かったのは、実は事件が報道されたからなんだ。でも、この検死書類には遺伝型アルツハイマーの塩基配列が残っているな・・・。」
どういうことだろう、と彼が考え込みそうになるのをセフィロスが遮った。
「治療中なのに、女性がいなくなったのはどうしてですか?」
言葉を選ぶような彼の返答をじっと待つ。
「実は・・・このアルツハイマー治療プロジェクト事体が、資金不足で頓挫したんだ。」
「でも、既に治療中の患者がいるのに資金不足で途中でやめていい内容では・・・。」
セフィロスの言葉に、そうなんだが、と研究所長は返事をして少し居住まいを正し
て黙った。
どんな話が出てくるか分からないので、セフィロスも黙る。
大分してから教授は大きく息をついて、あまり他言して欲しくない話だが、と前置きをして話し始めた。
「君が知っているかどうかは知らないが、あのプロジェクトは『遺伝子研究所』という所が主な資金投資をして行っていた。」
「かなり前に・・・不祥事があって閉鎖された所ですね。」
軽く頷く主人。
「なんでそんな所の研究をされていたんですか?」
「『遺伝子研究所』は私営の研究所で、閉鎖される直前まで、中の研究はどのように行われているのか謎だった。ただ、発表される研究論文が斬新で先駆的なことから、研究者からは常に注目を集めていた存在だった。誰が密告したか分からないが、あんな非倫理的な実験をしていたから閉鎖されたがね。」
セフィロスは、レコーダーを取り出して
「録音していいですか?」
と聞いた。
了解の意味で大きく頷いてから、研究所長がしてくれた当時の話は以下のようなものだった。

もともと所属していた研究所から独立して、独自の遺伝子研究も始めたかった彼は、この屋敷が売りに出されたのを見つけた時、渡りに船と飛びついた。
不思議なことに特に他に購入希望者もいなかったようで、話はとんとん拍子に進み、彼は自分の研究所を創設できたのだが、ここをもともと所有をしていた、『遺伝子研究所』という組織が一つの提案を出してきた。
自分の研究とは別に、アルツハイマーの治療の研究をしてくれないか、というものだった。
アルツハイマー治療に関する資金は先方持ちで、報酬も出そうというものだ。
当事独立の第一歩を踏み出したばかりで、研究資金集めに苦労していた彼は、せっかくの独立だったが迷った末その話を引き受け、かなりの間研究は続いたのだった。

「その例の女性は既に35、6でいつ発症してもおかしくない状況だったのだが、ある日、あの遺伝子研究所から使ってみたらどうかと、大量のES細胞が送られてきた。」
セフィロスが思わず身を乗り出す。
「ES細胞?遺伝子治療以外の別の方向の治療も検討したんですか?」
「もう、発症していたら遺伝子を組み換えても手後れだ。発症中の脳の神経をES細胞を使って増やすという治療法もある。」
「そんな色々やって、患者は大丈夫だったんですか?」
「私も不安だったんだが、本人が強く望んでいたんだ。本当は送られてきたES細胞も使いたくなかったんだが・・・。」
「で、どれが原因か分からないけど、治療は成功した、と。」
「結果的にはそうだ。発症していなかった。」
しかし・・・、と教授はふに落ちない風に言葉を続けた。
「遺伝型アルツハイマーは保持者かどうかの判断はある特定の遺伝子の塩基配列を確認すれば分かるのだが、治療となると複雑で手に負えない。」
研究所長がおもむろに手元にあった資料を、広げてあるページを示した。
「病気を特定出来るのは、この第XXの遺伝子を調べればいいのだが、治療するには複数の欠損遺伝子の修復が必要で、しかも人によって欠損していたり、増えていたり、場所が違うこともあるらしく、それを調べるだけでも一苦労なのだ。」
セフィロスは彼が広げたページをざっと読むと、その前後のページにも目を走らせながら質問した。
「遺伝子をリプレースする場所が分かったとしても、その治療に必要な遺伝子を確実に運べる方法はあるんですか?
遺伝子治療とひと括りにされるけど、治療対象によって適した方法は千差万別だと聞きますが。」
その言葉に屋敷の主人は、そうなんだ、と大きく相づちを打った。
「送られてきたES細胞で何回か実験をしたのだが、結果は芳しくなかった。そのうち、遺伝子研究所から何回か進ちょくを聞かれて、あるベクターが送られてきた。」
「遺伝子の運び屋ですね。」
ーこんな内容じゃクラウドも、ティファも理解するの無理だろうな。
まだまだ続く主人の話に確認を入れながら、セフィロスは頭の中でミッドガルの事件とこの屋敷の事件とのつながりを必死に探していた。

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