家にかえると、ティファが神妙な顔でヴィンセントを待っていた。
「ティファ、ありがとう。」
何かあったとは思うのだが、取りあえずお礼を言った。
「あのね。」
ヴィンセントがくつろごうと、上着をクロークにかけた時に待ちきれないようにティファが話しかけた。
「何?」
不思議そうにヴィンセントが口を開く。
「明日、ルクレツィアちゃんを休ませた方がよかったらそうして欲しいんだけど。」
今日のルクレツィアの我侭な行動を思うと、とてもすぐに頷けない内容だったが、取りあえず聞くことにする。
「実は初まっちゃったのよ。」
誰も聞いていないのに、声を潜めるティファ。
「は?何が?」
何がなんだが分からずに聞き返した。
「だから・・・女の子から、大人の女性になったの。」
分かるでしょ?とティファがヴィンセントの目を見て言う。
「えっ・・・だって・・・早くないか?」
言われた言葉にちょっと狼狽しながら、びっくりしてどうしようかと、目があたふたするヴィンセント。
「早くないわよ。いつの時代の人なの?」
ティファがちょっと怒って言い返す。
「いや・・・そう言われたらあれなんだけど・・・。」
ーお祝、した方がいいよな。
でもこんな状態だし、彼女はどう思っているんだろう、と気になった。
「ルクレツィアはもう寝ているのか?」
ティファに聞くと、部屋で休んではいるけど、と返事がかえってくる。
どう言葉をかけようか少し考え込むヴィンセント。
「明日も会社だし、私もう帰るね。」
必要なものは買っておいたから、とティファが言って玄関に向かう。
「ありがとう。気を付けて。」
ヴィンセントが声をかけて、彼女が帰っていった瞬間に、
ーあっ・・・ルクレツィアと何話したか聞いとけばよかった・・・。
と思いついた。
電話しようかと携帯を見たが考え直して、ヴィンセントはルクレツィアの部屋ヘ向かい、彼女の部屋のドアをノックした。
「ルクレツィア。入るよ。」
返事がなかったので、声をかけてドアを開けた。
部屋の電気はついていなかったが、正面の窓から満月が見えていてベッドに横になっているルクレツィアの髪の毛が薄青く照らされて見えていた。
彼女の近くに行ってそっとスツールに腰掛ける。
寝ているかと思い、顔を伺うと薄目を開けてヴィンセントを見た。
「お腹痛い。」
掠れた声でルクレツィアが呟く。
「痛み止め飲む?」
ヴィンセントが声をかけた。
微かに頭を振って寝返りをうち、ヴィンセントの方へ顔を向けた。
「ティファから話を聞いた。無理しないでゆっくりお休み。」
頭をなでて、席を立ち部屋を離れようとすると、彼女の手がベッドから伸びでヴィンセントを掴んだ。
ゆっくり振り変えると、ルクレツィアが目に涙をいっぱい溜めて、ヴィンセントを見つめている。
「心細いから、寝られるまで一緒にいて。」
わかった・・・と答えてスツールに戻った。
今から30年くらい前に涙目の彼女を見たのは、確か出産直後で体力が落ちていて、研究をしようとしても全然体がついて行かず、ベッドで寝ている側へ行ったら今と同じように・・・。
スツールで足を組み、頬杖をついてじっとルクレツィアの青白く月明かりに照らされた顔を見る。
彼女の目は閉じられていて、なんとか眠ろうとしているのだが、落ち着かない感じで身動きをしていた。
ヴィンセントの服を掴んでいる手を優しく自分ので包んで、ベッドの中に戻した。
手を離そうとすると、握り返してきて
「側にいるから。」
といったものの無理矢理手を離す気にはなれなかった。
ーあの時は側に居てくれって言われて、素直に嬉しかったっけ。
宝条ではなく、自分に声をかけてくれたルクレツィアが本当は自分の方が好きなんじゃないかと、未練がましく思ってしまい、眠る彼女の隣に何時間もいたことが思い出される。
ー今は微妙だけどな。
小さいルクレツィアの顔は確かに彼女の面影を色濃く残していて、でも明らかに10歳の幼い顔つきをしている。
ー別にこの年の子をどうこうしようって気はないけど。
っていうか、こう考えること事体異常かもしれないと思いはじめると、何か自分がまずいことを今しているのでは、とも思えてきて、こんな暗い所にいるからいけないんだ、と取りあえず結論した。
電気をつけて明るくしようと立ち上がろうとして、ルクレツィアの手を思い出す。
ちょっと囁こうとして彼女に自分の顔を近付けると、
「それ以上近付くと、他人が見たら未成年者に言い寄ってるって思われるぞ。」
とセフィロスの声がした。
びっくりして声の方を向くとセフィロスがルクレツィアの部屋の扉を開けて、ドアの側に寄り掛かっている。
「セフィ、電気つけて。」
ヴィンセントの言葉にセフィロスはすぐにスイッチを押した。
「でも、ガキが寝付かなくなるかもしれないけどな。」
明るい蛍光灯の光に、ん・・・と薄暗闇に慣れたルクレツィアが眩しそうに寝返りをうって薄目を開けた。
「セフィ、いきなり何でいるんだよ。」
ヴィンセントがもっともな質問をする。
「玄関をノックしても誰も出てこないし、それで鍵かかかっているかと思ったらすんなりうちには入れるし。ずいぶん不用心な家だなここは。」
面白そうに言うセフィロスに、
「今日だけだそれは。」
とヴィンセントが言い返した。
「それよりも何の用があってきたんだ?」
さり気なくルクレツィアの手を優しく離して、ヴィンセントが腕を組んで聞いた。
「俺がなんか用があってこの家に来たことがあったっけかな?」
セフィロスが意地悪そうに言うのに、ヴィンセントが言い返せずに、やっと目が空いてきたルクレツィアが、ぷっ、と笑った。
「それよりもあんな薄暗い所でヴィンが何をしようとしていたのかって方が、俺には気になるけど。」
「セフィ・・・それはどう言う意味だ?」
セフィロスに言われっぱなしなのが悔しくて、ヴィンセントが彼を睨み付ける。
ルクレツィアがくすくす笑って、
「ヴィンセント、私ミルクが飲みたい。ちょっとおなか空いてきちゃった。」
と言った。
はいはい、と部屋を出て行く彼を見守るセフィロスにルクレツィアが言う。
「私、もうガキではありませんから。」
セフィロスの目を見る彼女がちょっとおなかに力が入ったらしく、いたたた・・・と手でさすった。
「体がいっくら大人になっても、ガキの思考のやつはガキだ。」
セフィロスが偉そうに彼女に言う。
「あと、ヴィンセントも当分あげませんから。」
は?とセフィロスの眉がピクッと動く。
「セフィロス、あなたヴィンセントが好きでしょ。」
「ガキが生意気なこと言うんじゃない。」
二人の間に静かな張り詰めた空気が生まれてくる。
「どっちにしても、ヴィンセントは今私のことが気になってるみたいなのよ。あなたより。」
「しょせん俺の母親の二番煎じのくせに偉そうなこと言うんじゃない。」
いや、確かに二番煎じはこけることが多いですよねぇ・・・。
でも、子供に張り合っているセフィロス様もどうかと思いますが。(笑)
二人の言い争いがエスカレートしそうになって来た時に、ヴィンセントがホットミルクを持って入ってきた。
思わず口をつぐむ二人。
「あれ?仲良く話しているんじゃなかったのか。」
内容を知らないヴィンセントには楽しく語らっているように見えたようです。
ルクレツィアのベッドのサイドテーブルにミルクを置いて、ヴィンセントが言った。
「ぬるめでちょっとハチミツが入っているから。」
「私ハチミツ大好きよ。」
にっこり笑ってミルクのカップを取るルクレツィアが、ちらりと勝ち誇ったようにセフィロスを見たのを、
ーあのガキ・・・
とセフィロスが思ったのは、まあ彼もまだまだってことかもしれません。
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