セフィロスが次の医院を訪ねると、すぐに医師が出てきた。
「もしお時間があれば話を聞きたいんですが。」
「大丈夫ですよ。」
身分証明書も確認せずに、医師は彼を診察室へ招き入れた。
全体的に木肌の風合いを生かした、こじんまりとした清潔感のある受付と部屋だ。
まるでこれから診察を受けるように、セフィロスはつい立てを背に患者用の椅子に座り、正面に医師も座った。
見た感じ自分よりはちょっと世慣れた感じの、40迄はいっていないか・・・という男性だ。
清潔感をだす為か、髪は短く切ってあるが顔立ちは女性のように優し気で整った印象で、診察される患者をリラックスさせるにはいい感じだ。
ーヴィンの方が全然美人だけどな。
これから質問する当事者のことをさり気なく話題にだしたが反応がないので、はっきりと例の事件の関連で彼女達のカルテがないか聞いてみた。
「私が担当でしたか?」
医師の意外な言葉に、はっきりと確認はできなかったので、違うかもしれません・・・と言葉を濁す。
彼は看護士に指示を出し、念のためカルテを検索してみましょう、と言った。
「ちなみに何かあれば時間空いてますので、気になることがあれば相談にのりますよ。」
屈託なく医師が話し掛ける。
ー相談って・・・自分の健康のことか?
実行部隊での仕事は身体が資本なので自分の健康には普段からかなり気を使っている。
これと言ってすぐに相談したいことも出てこないのだが・・・。
「見た感じかなり鍛えられているので、何かお役にたてればと。私が分かる範囲だったら喜んでお答えしますすよ。」
ー町医者にはいいタイプだな。
見かけがソフトで、雰囲気も話しかけやすいとなればきっとこの医院は繁昌してもおかしくないはずなのだが、ちょうど他の医院が休んでいる時間なのに、診てもらいに来ている患者は少ない気がした。
「健康管理は会社の栄養士と、医者に普段から診てもらっているので特に問題はない。」
セフィロスのそっけない言葉にちょっとがっかりしたような表情をした彼に、看護士が耳打ちをした。
「すみません。結局あなたの探しているカルテはうちにはないようです。」
医師がすぐに口を開く。
「この患者に見覚えもないですか?」
セフィロスが写真を出して念の為に聞いた。
「患者の顔は忘れることは少ないのですが・・・残念ながら。」
と言った後に、看護士にこの顔覚えているか?と聞いていた。
「彼も覚えがないようです。」
看護士の回答を医師がセフィロスに伝えた。
ー・・・ならこの情報は間違っているのか?
自分手元にある2番目と3番目の被害者の掛かり付け医師は、目の前の彼の名前とその医院の住所までしっかり合致している。
「ちなみに、この医院を改装とか一時引っ越しとかそういうことはありましたか?」
ここで引き上げた方が本当はいいかもしれないが、何も分からずにここを離れるのもまずい気がした。
診察室の窓の外は明るい光でみずみずしい緑がほの見えていたが、反対にセフィロスは少し緊張して質問を続けた。
クラウドがヴィンセントからルミノール試薬をもらってざっと床に流すと、一面青い蛍光色が広がった。
ーなんだ・・・これは。
自分の見た光景が信じられなかったがセフィロスの言う通りに、デジカメでできるだけ写真を撮る。
ー床に鉄粉があったり、元々医院だったら血を床にこぼす場合もあるから、殺人現場だとはっきり分かっていない場所は慎重に判断するように。
試薬を持って来てくれたヴィンセントの言葉も、こんな広範囲に血の流れた痕跡を見てしまったら動揺してクラウドの頭から吹っ飛んでしまった。
「私もう帰るけど、大丈夫だよね。」
ついでにデジカメを渡しに来たティファが、心配そうにクラウドを見る。
「うん・・・」
判断に迷っているようで、心もとない返事をするクラウド。
ー危ないなぁ・・・
彼女が、やっぱり一緒にいた方がいいかな、と思って時計を見た時クラウド口を開いた。
「大丈夫。分かんなかったらセフィロスかヴィンセントに電話するから。」
しっかりした彼の返答に安心して、ティファはマリン達を迎えに行くね、青白く光る床の医院を後にした。
ヴィンセントがセフィロスに言われて訪ねて行った医院は、住宅街の奥深く込み入った路地の先で、ちょっと帰れるか不安になった時にその目的の建物が見えた。
「引っ越しですか。」
建物の正面に何台かのトラックが横付けされていて、ヴィンセントが質問する。
引っ越し業者が無言でトラックに荷物を運び込んでいた。
ーかなり急いでいるのか?
目的の医院は3階だったので、階段を登るとちょうど引っ越しをしているフロアだった。
「責任者の方は?」
引っ越し中だったりして、とヴィンセントが思い聞くと、近くで段ボールを抱えていた人がすぐそこでカルテを見ている老人を顎で指した。
「お忙しい所申し訳ありません。」
素早くヴィンセントが老人の側によって挨拶をする。
老人はうるさそうだったが、あまりに近くで声をかけられたの仕方なく、と言うように彼の方を向いた。
「彼女のカルテを見せて欲しいのですが。」
ストレートにルクレツィアの母親の名前を彼の目の前に出した。
医師の目は一瞬びっくりしたように見開いたが、すぐに普通の表情に戻って、カルテを段ボールに移し始めた。
「その中に彼女のカルテはないんですか?」
医師を手伝うようにしてファイルを覗き込むヴィンセント。
老人はヴィンセントの手を素早く払い除けると、
「そんな女は知らん。」
と言って、再びファイルを整理し始めた。
ーこんな態度、知ってるってバレバレじゃないか・・・
演技の下手なおじいさんに付き合うのか・・・と思ったがよく考えてみたら自分と同年代かも、と思い直したヴィンセントだった。
「彼女を御存じですよね。」
にっこり笑って、彼の引っ越し仕度をさり気なく手伝うヴィンセント。
無言でファイルを段ボールにしまう老人だったが、ヴィンセントの手があるファイルの束を触った時にちょっと反応した。
「何か?」
めざとくヴィンセントが聞いてくる。
老人が何も言わないので、ヴィンセントは軽くファイルを調べた。
目に「XXXXXXXXX・クレシェント(旧姓)」と書いてあるカルテが飛び込んでくる。
「ありがとうございます。」
ヴィンセントがファイルを持って老人に話し掛けた。
彼はヴィンセントをじろりと見て、重い口を開いた。
「そのカルテはいつの間にか無くなったんだ。わしは知らん。」
老人が彼から素早く目をそらして話すのを、ヴィンセントは大人しく聞いていた。
「もし何かあったら、ここにすぐに連絡して下さい。」
書類をコピーしようとする前に、ヴィンセントは老人に名刺を渡した。
「いらん。そのまま持ってけ。」
すぐに突き返される。
「万が一の為です。私はそんなに役にたたない男ではないですよ。」
にっこり笑ったヴィンセントの笑顔は、たいていの人はとろけさせそうな笑みを浮かべていたが、老人には効かなかったらしい。
「危ないと思った瞬間は、もう手後れなんじゃ。」
老人の言葉にヴィンセントは彼を心配そうに見る。
「あんたもここに来なかった。そういうことだ。」
促されて、素直にその場を離れたヴィンセントだったが、その後の老人の行く末を慮らない訳にはいかなかった。
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