服を着ている途中で変な気配があって、思わずヴィンセントは振り向いた。
振り向いた先に特にこれといって怪しい感じはしなかったが、銃をさりげなく探す。
手元に手慣れた武器の感触があると落ち着く。
ヴィンセントはそのままキャビネットの端の方へ寄って行った。
ーセフィは足音の人間を見つけたのか?
響いてくる足音は一つなので、侵入者が増えたということは無いだろうと思う。
キャビネットの向こうを窺うように銃を構えていたら、
ザザッ、ガサガサガサッ・・・
と、背後で大きな音がして顔をそっちへ向けた。
見るとヴィンセントが開けっ放しにしていた2月分の書類の一部が、キャビネットの引き出しからばっさり落ちていた。
ー誰だ?
何故か上に目がいったが、そこに人がいるはずも無く虚空を見るばかりだった。
落ちた書類と散らばった方向を観察しながら考えていると、
「ヴァレンタインさん、どうしたんですか?」
と聞き覚えのある声が背後からした。
振り向くとルクレツィアの事情聴取に来ていた警官だった。
「何でシャツを着ていないんですか?っていうか、あなたなら誰かに襲われたって気もするんですが。」
「・・・それは・・・違うから・・・」
襲われたのは微妙にあってはいるが、取りあえず否定しておくヴィンセントだった。


「それで、結局はどうなったんだよ。」
警察本部から出てきてセフィロスがヴィンセントに話しかけた。
じろりと彼を見てさっさと歩き始めるヴィンセント。
「ちょっと!何怒ってんだよ!」
小走りにヴィンセントの目の前に出て、歩いている彼に目を合わせた。
「・・・私がいいと言っていないのに、勝手なことばっかりするからだ。」
低い声で呟くように言うと、前にいるセフィロスどけて進もうと彼に手を伸ばす。
「だってさあ、」
伸ばされた手を素早く掴んでセフィロスが自分の口元にもっていく。
「すっごく嫌がるかと思ったら、はあん、とか言うから。」
真っ赤になって睨み付けるヴィンセントを見て、くすくす笑いながら持った手にキスをした。
「別にお前さえ良ければ俺はいつでもOKなんだ。」
にやつくセフィロスの表情が目に入る。
深くため息をついたヴィンセントだったが、近くにそれと目指した所があったらしく、掴まれた手をさっさと振りほどき、全くセフィロスを無視して手近なドアの向こうに消えて行った。
ー相変わらず、何なんだよあいつは!
微妙に腹が立ちながらセフィロスも彼を追ってドアをくぐる。
くぐったドアの先は何となく見覚えのあるのケーキ屋だった。
ヴィンセントが注文する様子が店に入るとすぐに耳に入って来た。
「ショートケーキを4個と、クラシックショコラ2個、それとタルト・フレーズ・・・」
ヴィンセントの言葉を遮るようにセフィロスが口を開いた。
「あと、プリン3個とティラミス1個、ミルフィーユ2個と・・・」
「セフィ、本当に全部食べられるんだろうな。」
ヴィンセントが口を挟む。
「食わせ方によってはな。だって、これ俺へのサービスだろ。」
セフィロスが確信に満ちた様子で言い返すのに、ヴィンセントは一言も口を挟めず会計をしていた。
思ったよりも大きいケーキの箱を運ぶはめになったヴィンセントは、セフィロスの誘導するままに近くの公園へ向かっていた。
朝の雨はすっかり止んで、気持ちのいい午後の日ざしが降そそぐ。
「セフィ、これからルクレツィアを迎えに行くんだからな。」
念押しにセフィロスに声をかけるヴィンセントを全く無視して、公園の芝生にセフィロスは腰を降ろした。
完全にセフィロスの前を通り過ぎようとしているヴィンセントのそでを引っ張る。
「食事してないだろ。そのケーキ食うぞ。」
何かを企んでいるには違いないのだが、邪気がなさげな笑顔を見たら、何となく怒っていたのが馬鹿馬鹿しくなってしまい、ヴィンセントはため息を小さくついてセフィロスの隣に座った。
「あんまりため息つくと幸せが逃げるぞ。」
ケーキの箱を開けながらセフィロスが話し掛ける。
「今までにこれ以上は無いってくらい不幸な目にあってるから、気にならないさ。」
ヴィンセントの答を無視して、箱の中に並ぶケーキを思わず真剣に選んでいるセフィロスの様子が意外で、横からまじまじと見てしまうヴィンセントだった。
「お前よく俺が好きな種類をこれだけ選んだな。」
視線に気付いて、セフィロスが彼を見る。
「セフィの好みは小さい頃から全部頭に入ってるからな。」
にっこりして、いいことあっただろ、と話しかけた。
「それよりも、あの部屋で目的の物はあったのか?」
取りあえず、ミルフィーユを手に取るセフィロス。
「あった。・・・でもあんまり今の連続殺人事件のヒントにはならないけど。」
ヴィンセントは警察本部で見つけた資料の束から、一連の新聞記事のコピーをセフィロスに渡した。
その記事は倫理的に問題のあるクローン実験をしていた施設を立ち入り調査して、責任者を逮捕したと書かれているものだった。
「これがどうしたんだ?」
ミルフィーユをパクつきながらセフィロスが尋ねる。
「この施設の責任者は、多分宝条の助手をしていたことがある。」
記事を読み進めていくと、起訴はされていたが実刑までにはいたらずに執行猶予付きの判決になっていた。
「ほんとうに問題のあるクローン実験をしていたなら、こんな判決にはならないだろう。」
大体食べ終わって、記事を読み終わったセフィロスが顔をあげてヴィンセントに言った。
「しかも、もう執行猶予期間はとっくに終わっているしな。」
ヴィンセントが少し笑って、セフィロスを見る。
「で、この事件と、宝条の助手をしていたことと、今起こっている連続殺人事件とどう繋がるんだよ。」
コートに散らばったミルフィーユのパイ生地をばさばさと払ってセフィロスが質問した。
「そうだなぁ・・・セフィの調べてくれた方にはちょっと関係がある。」
2個目のケーキを物色し始めたセフィロスの横で、ヴィンセントがセフィロスの視線の先にあったモンブランを箱からさくっと取り出した。
「あっ・・・それ一個しか無いのに。」
セフィロスが抗議する。
「早い者勝ちだ。いちごのタルトは残しておいてあるだろ。」
それは別の話だ、一口くれ、とセフィロスはヴィンセントに近付いて彼がモンブランをかじり付いている横から、ぱくりとケーキにかぶりついて来た。
ケーキを持っている指をぺろりとなめると、ヴィンセントがびっくりしてケーキを口元から離す。
そのまま彼の口にキスをすると、彼の口の中はマロンクリームの美味しい味がした。
思う存分クリームと彼の唇を楽しんで顔を離す。
「セフィ・・・」
何か言いたそうな感じでヴィンセントが口を開くと、セフィロスは遮るように言った。
「いい大人がケーキだけで『いいこと』だと思うはずがないだろ。」
にやにや笑いながら、次はどうやって食べさせてくれるつもりだ?と聞いてくる。
「こんな公共の場所でするはずないだろ。」
あきれたようにヴィンセントが言った。
「さっきの話だけど、新聞に載っていた男は私を付けていた一味の一人だ。そして、尾行している一味は某国で武器製造をしていた組織と関連があるみたいだって、セフィが言ってただろ。」
「まあ、ちょっとした証拠からの推測だけどな。」
セフィロスの目が少し真剣になって相づちを打つ。
「そして、某国調査の時に最初に調べた施設は宝条が研究をしていた跡があった。」
ヴィンセントは足下の土に図を書き始めた。
遠くの方に殺人事件を現す丸、武器製造組織の丸をその対極に書く。
ヴィンセントを尾行していた一味を武器製造組織の円に係るように丸印を書いた。
「宝条が研究に使っていた施設もきっと武器製造の一味が作ったものだぞ。」
セフィロスが口を挟む。
宝条、と書いた文字をまるで囲んで武器組織に係るようにして、その先に新羅カンパニーを書き、その間に×印を書き足す。
「今は宝条と新羅カンパニーは関係が無い。」
「でも、過去のやつらの資料はあるんじゃ無いか。その助手とやらも含めて。」
少しでも調べる材料が多い方がいいと思ったセフィロスが言い出すと、ヴィンセントが首を振った。
「当時の研究資料はもう閲覧禁止になっているんだ。関係のあった人はほとんど亡くなっているし、これといった成果も被害者も名乗り出ていないから。」
ヴィンセントが言葉を続ける。
「でも、このままじゃ武器組織の関連は分かるけど、全く連続殺人事件には繋がらないな。」
手元の図は全ての要素が殺人事件の丸には全く係っていなかった。
「確信では無いんだが・・・」
セフィロスが宝条の丸から線を引っ張る。
ヴィンセントが見守っていると、殺人事件の中に五人の被害者の丸を作って四つの丸を一つづつ宝条をつなげた。
「四人の女性の被害者の病歴を見たんだが、ちょっと特殊な症例なんだ。それがどうも引っ掛かる・・・」
ーまたあいつが係わっているのか・・・
ヴィンセントは宝条から被害者へ続く線をじっと見て厳しい顔をしていた。
隣でセフィロスが黙って彼の横顔を見ている。
午後の公園は明るい雰囲気で、遠くの方から子どもの遊んでいる声、風にそよぐ木々のざわめきと鳥の声が、話を止めると聞くとも無しに聞こえてくる。
「取りあえず、食べろよ。」
ヴィンセントがいきなりセフィロスの前にタルト・フレーズの入っているケーキの箱をぐいっと押しやった。
「もてなしてくれるならもうちょっと雰囲気出せ。」
ちょっと拗ねたようにセフィロスが言い返す。
しょうがないやつ、とくすりと笑ってから、ヴィンセントがいちごタルトを取り出して、周りのセロファンを剥がし始めた。
彼の動作を見守っていると、ついっとケーキを片手にもってにっこり笑ってセフィロスの口元へ差し出した。
「セフィのおかげで大分事件の整理がついた。お礼に食べて欲しいな。」
にこにこしているヴィンセントのの顔を思わずじっと見てしまった。
ー・・・すっげぇ萌え・・・なんだけど・・・っていうかどこでヴィンこんなの習ったんだ?
急いで彼の手からタルトを一口頂いてから、
「ヴィンさあ、その歳でよくそういうセリフよく言えるな。」
別に見てるのが俺だけならいいけどさ・・・、と思わず周りを確認してしまうセフィロスであった。
「そうか?雰囲気だしてみたんだが。」
今はやりの秋葉系に受けるキャラだそうだ、というヴィンセントに、何か貴重なものを見せてもらった・・・と周りを気にしつつも、タルトだけはしっかりとヴィンの手ずから頂いたセフィロス様でした。

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