真っ赤な血の海を見てしまった時に、その側にいた女の子供を守らないと、と思った。
子供には刺激が強すぎる光景だし、大体その血の元は彼女の親が刺された傷からどんどん溢れだしている。
立ちすくむ子供を急いで胸に抱き寄せた瞬間、
「ぎゃー!おぎゃー!!」
と泣き声が聞こえ、目を移すと、殺された親の背後から声が聞こえていた。
女児の頭をしっかり抱き寄せながら、殺された女性の身体を少し持ち上げると、まだ1歳にも満たないと思われる乳児がいた。
ー普通だったら、乳児も子供も殺すよな。
母親と思われる女性の背後から乳児を抱き上げ、凄惨な光景を見せないように、ヴィンセントは二人を自分の側へしっかりと抱き寄せる。
子供の肩が震えているのを感じて、なるべく安心させようと力を入れた手は、殺された女性の血にまみれていた。
「この子は兄弟かい?ちょっと持ってて。」
今にも泣きそうな顔をしている女児を、元気づけるように少し微笑みを浮かべて乳児を渡す。
血まみれの手を子供達に見せないように、少し顔を彼女から背けて、ヴィンセントは携帯で警察に連絡をし始めた。


この悲惨な現場に遭遇する1日前、ヴィンセントはある凶悪犯と思われる連続殺人事件の協力捜査を警察から受けていた。
組織への依頼事項としては、
1.警察の強権力を使えない微妙な関係を洗って欲しい。
2.次の被害者と予想される人をそれとなく守って欲しい。
というものだった。
1はともかく2はどうかと思い警察に問い合わせると、要するに警察の観点からはもれた関係の薄い者と目される人を観察して欲しいと言う程度のものだったらしい。
ーこんな事件に、被害者候補の可能性の強弱もないだろう・・・
と、ヴィンセントは思いつつも、警護に就いて二日目に事件が起こるとは、さすがに想定外だった。
でも、物事というものはまずいと思った時には、既に海面下で事がかなり進んでいて、どうしようもなくなって表面に出てくるものだ。
ーこの人は、連続殺人の被害者なのか、若しくは全く関係ないのか・・・
不謹慎とは思いながらも、殺された女性を自分が係わっている事件に、どうしてもつなげて考えてしまう。
警察も、ヴィンセントがついていた人間が被害者になったので、被害者候補の選定、保護は仕切り直しという感じになって来た。
午後12:00発の列車が急きょ発車停止になり、車両から連れてこられた子供二人は、取調室にはさすがに向かわずに、警察署に付属していた殺風景な子供部屋に納められていた。
精神科医も、現在特に心配になる徴候見受けられないとして、帰って行った。
ヴィンセントもついでに、子供部屋へ付属品のように納まっている。
安全な場所に来ても、一点を凝視したまま動けない女の子と、泣きつかれたのかこんこんと眠る乳児。
ーこの子たちどこまで見たのかな。
あまり残酷な光景を見ていたら申し訳ない、と思うヴィンセント。
大人ならすぐ様子を聞いて事情聴取するのだが、さすがに子供にはできずに、ちょこちょこと様子見に婦警が来て、相手もできずに部屋を去り、17時を過ぎるともう二人とも帰っていいですよ、と言われた。
「お父さんは?」
とずっと見守っていたヴィンセントが女児に話しかける。
女児は弱々しく首を振ったが、とても言葉がでてくる状態ではなかった。
彼女は殺人現場にいた重要な参考人なので絶対に一度事件の状況を聞かねばならないが、今は動揺がかなりある上に、引き取り手が全く見つからない。
この殺風景な子供部屋に置いておくのも不憫で、ヴィンセントはちょうどそこにいた担当警官に軽く許可を取って自分の家に連れて行くことにした。
その日の夜、リーブに説明しようと電話をすると、
「ヴィンセントがいいなら、私はかまいませんが。」
と返ってきた。
「っていうか、他の仕事ができなくなるって意味で連絡してるんだ。」
無事に子供二人が寝静まっている広いヴァレンタイン家に、ヴィンセントの声が静かに響く。
次の機会に返してもらうのでかまいません、と言って切られた電話に、そう言えば私が売った恩はいつ返してくれるんだ?・・・と余計なことを思い出してしまった。
2日、3日と日が過ぎて、その間女児の話を聞こうと警察が何度かヴァレンタイン家を訪れた。
しかし、ヴィンセントが不安定な彼女に付き添って警察が質問しても、全く言葉が出てこない状態で、彼の服につかまったまま表情も動かない。
「ショックが大きいんですね。医者が必要だったら言って下さい。すぐに手配しますから。」
担当刑事や、警官が入れ代わり立ち代わり同じ言葉を残しては、去って行く。
警察の人間がいる時は緊張している彼女の表情も、一緒に生活している間に少しずつ和らいできている気がした。
ー本当に引き取り手はいないんだろうか・・・
ヴィンセントは彼女の戸籍等を調べてみたのだが、なかなかすぐには見つからずに時間は飛ぶように過ぎて行く。
少しずつ打ち解けて行く子供達を見ているのは、昔幼いセフィロスを世話していた時を思い出して、ちょっと懐かしく感じたりもしていた。
ーそんなに長い期間預かるわけではないし・・・
と、結論を先延ばしにしつつ、自分を納得させるヴィンセントだった。


ヴィンセントが今係わっている事件は、これと言って動機が特定できない、一定地域の女性が狙われていると思われる、連続殺人事件だ。
彼は容疑者の絞り出しの為の証拠を集めと、被害者候補をそれとなく護衛するはずだったのだが・・・
自宅に子供二人がいる状態では、ヴィンセントは調査に出たり出なかったりで、一日中家にいて女児と乳児の世話をしていることもあった。
折にふれて警察官が事情聴取に訪れるのだが、乳児はともかく女児の方は全く話をせず、二週間たっても唯一の目撃者が話さない状態に警察はがっかりしていた。
「あなたがいらっしゃらない時は少し笑うようになりましたよ。」
ヴィンセントが警察官に少しずつ回復しているから、と伝える。
「まあ、あんなショッキングな場面を見たらしょうがないでしょうね。」
警官は気を取り直しつつ、また来ますと言って帰っていった。
「お、じゃ、ま、」
ティファがヴァレンタイン家を訪れると、女児はちょっと緊張が解けた表情で彼女の方を見た。
「元気にしてた?」
まだ一度も話した事はない女の子に、にっこりとティファは笑いかける。
子供を初めて引き取りに来た時に、彼女はまじまじとヴィンセントの顔と預かった子供の顔を見て
「この子、ルクレツィアさんそっくりじゃない?」
と、なにげなく言ってしまった。
ヴィンセントが、ティファの目をじっと見て
「そう思うか?」
と聞く。
でも、それを聞いた彼の表情が一瞬はっとしたのを、ティファは見逃さなかった。
「別にだからどうと言うこともないけど。」
でも、彼女についてちょっと調べてみたら?・・とティファは親切な言葉をかけて乳児と女児を引き取っていった。

Next

The Hikaru Genji Methodの案内版へ